少年は、香澄の小さな声に辛抱強く耳を傾けていた。

「最後まであまり多く名前も呼べなかったけど、不思議と、彼との思い出は暖かいの。私は恋を知らないけれど、もしかしたら、そうね、私は彼を好きになっていたのかもしれない。……自分の心なのに、よくわからないわ」

 香澄は少年に視線を戻して、迷いを誤魔化すように微笑む。

「ごめんなさいね。変な話をしたわ」

 こんなことを、幼い彼に聞かせるべきではない。

 少年は、じっと香澄を見つめていた。訝しむように目を細め、それから慎重に言葉を切り出す。

「お姉さんはさ、きっと、恋をしていたんだと思う」
「私が?」
「うん」

 少年は真面目な顔つきのまま頷いた。

「お見合いした人のことを話すとき、すごく寂しそうに見えたから」


 寂しい。

 少年の言葉が、胸の底にすとんと落ちてきた。口から吐き出される吐息が、白く染まる。

 自分の事がよくわからなかった。それなのに、香澄は両親を失った胸の痛みが疼くような喪失感を覚えた。