「どうしたの」

 少年は言いづらそうに唇をすぼめ、上目遣いでぽつりぽつりと言葉を滑らせた。

「あいつが話してたとき、なんだか、すごく羨ましそうな顔してた」
「そうかしら」

 香澄は小首を傾げた。

 じっくりと考えてみると、なんだかそのような気もしてくる。

 車窓の外は、相変わらず真っ暗だった。指先がじょじょに冷えていくのがわかる。

「そうね。羨ましかったのかもしれない」

 香澄は、深い夜の色越しに映った窓ガラスの自分の顔を、ぼんやりと眺めてそう言った。

「よくわからないけれど、きっと私は、恋をしたかったのかも」
「お見合いした人と?」
「それはわからないわ。父や母のように愛し愛される恋とか、――変な話しだけど、お見合いした彼とは、出会わない運命だったような気がしてならないの。私は平凡に生きて、父と母を失ったあとには普通の事務職に就いて、それからゆっくり、誰か他の平凡な相手と出会うはずだった……そんな気がするのよ」