それがいい思い出だとは到底思えない内容だったのだが、香澄は「そうなんですか」と相槌を打った。

 悪戯っ子のようでいてどこか利発的な青年の瞳は、父が母との恋を語るときの表情を彷彿とさせ、どこか懐かしいような空気すら感じた。

 自分と同じぐらい若いはずなのに、澄んだ青年の横顔には、語りつくせない多くの出来事が詰まっているように香澄には感じた。

 気付いたら、彼にこう尋ねていた。

「その人を、愛していたんですね」

 青年は、きょとんとしたふうに香澄を見た。薄っすらと頬に残る傷痕を指でかき、それから「うん」と素直に感じで頷く。

「愛した女は、一にも二にも彼女だけさ。俺は、何度だって彼女に惚れちまうのよ」

 歯ぐきを見せてにっと笑う顔は無邪気で、香澄も自然と微笑みを返した。


 青年が機関室へと戻ってしばらくすると、一度列車は停車し、それからまた再び重々しく動き出した。

 物言いたげな少年の表情に気付き、香澄は向かい側に視線を戻して尋ねた。