控えめに尋ねると、少年は小さな体で必死に言葉を選ぶように考え込み、そして怪訝そうな表情からどうにか力を抜いた。

「話してよ」

 彼がそう言った。遠慮がちに上げられた声は、吐息交じりで、なんだか中世的で、けれどひどく柔らかかった。


 香澄は、とりとめもなく浮かぶまま少年に話した。

 恋に落ちて南に向かった父と母のこと。親戚のいなかった香澄にとって、従兄弟のようにも思える藤野の会社の人たちのこと。聞き取りにくいほどの囁きは、しだいに車両に通るほど澄みきった声色に変わっていた。

 両親、会社、自分が好きだった街を香澄は話し続けた。

 話しながら、自分はなんていい人たちに恵まれたのだろうと実感し、時々涙腺が緩んだ。

 お見合いをして出会った晃光のことは話そうかどうか悩んだが、――相手は子供だ。ちらりと述べるだけにとどめた。

「大切な思い出に取ってあるの」

 そんな高価なものではない、仮の婚約指輪に触れて、香澄の話はようやく終わった。