「そうね。難しいけれど、あなたはまだ小さいもの」

 仕方がないわ、と香澄はスカートの裾を正した。

 自分が彼ほどの幼い頃は、こんなにもしっかりとしてはいなかっただろう。

 少年は、まだ小学校に進学してしばらくしたばかりの身体に、アンバランスにも大人の思考を植えつけられて困惑している――香澄は、そんな印象を抱いた。

 少年は、幼少期に大人の世界を生きているのだ。

 香澄は、自分の思い出を振り返ってみた。

 まるで昨日のことのように繊細な記憶が脳裏を流れた。父と母は、幼い香澄の世界を守り通していた。とても幸せだったことが、次々に季節を過ぎて年を重ねて行き、香澄はそれを噛みしめつつ涙を堪えた。

「どうしたんだ」

 少年が戸惑って尋ねる。

「なんでもないの」

 香澄はそう言って、父の遺骨を抱きしめた。

 その間も、記憶は一番幸せだった時代まで進行を止めない。香澄はだからなのか、ふと、少年に話しを聞いて欲しくなった。

「少し話しをしてもいい?」