「目的地なんてないんだ。だから、俺はいつまで経っても降りられない」

 そうかしら、と香澄は思った。

 何も見えない車窓の闇を見つめ、若い父と母が同じように夜行列車に乗って南を目指した風景を想像した。

 ずっと北の街だと、父は言っていた。

 当時、そこには列車なんて通っていたのだろうか。

 もしかしたら、父や母もこの不思議な夜行列車の乗客だったのかもしれない――何とも不思議だと思った。

「でもね、きっと皆、どこかへ行くために乗るのよ」

 無意識に呟いた香澄の言葉は、白い吐息に溶けて消えていった。


 夜行列車の中は、時間の感覚がまるでなかった。

 数時間もずっと走り続けているような気もするし、一分一分がのろのろと流れているだけのような気もする。

 固い座席に尻が痺れる感覚はいっこうに訪れず、凍てつく寒さだけが身を震わせた。

「おい。腹、減らないか」

 沈黙に耳が慣れ切った頃、少年が声を上げた。

 香澄が顔を上げると、彼は手に持っていた菓子を彼女に放り投げて寄越した。