「じゃあ、あなたも降りるべき場所を……?」

 香澄が尋ねると、彼は出入口の扉を開いたままきょとんとした表情を見せた。数秒後に吹きだし、楽しそうにけらけらと笑う。

「ちゃんと免許は持っとるよぃ! ちょいと倅を迎えにね」

 古い言い方をしたあと、青年は我に返って咳払いをすると「じゃあな」現代風に言い改めて扉の向こうに消えていった。

「わかっただろ。この車窓からは何も見えないし、普通の列車とはわけが違うんだ」
「――うん」

 香澄は、少年になんとなく頷いて見せた。

 少年はしばらく両足を床の上でぶらぶらとさせていたが、冷え切った手先を温めるように強く腕を組み合わせた。

「俺なんて、二階の部屋に列車が停まったんだぜ? ありえないよ」
「でも、あなたは乗ったのね」
「……爺様の家だった。翌日には家に帰らなきゃいけなくなる。俺は、俺の家に帰りたくなかったんだ」

 少年は、小さな声を振り絞って答えると、足を椅子の上にあげて山を作った。