「これはね、様々な時間が溶け合った、曖昧な夜を走る列車なんだ。迷子の夜行列車とも呼ばれているけれど、目的地が決まっていれば、きちんと降りることが出来る列車なのさ」

「迷子……?」
「迷っていて、それでいていくべき場所へ、行く人の元へ夜行列車は向かうのさ。お嬢ちゃんは、どこかの銀白駅へ向かっているんだろう。でも、まだそのどこかをお嬢ちゃんは見つけられないでいる。あの子なんてもっと重症だよ。切符がプラスチックみたいに透明なんだ」

 青年は大袈裟に溜息をもらした。

 すると少年が革の靴を投げつけた。彼はひょいと避けると「それでね」と言って、気にせず香澄に爽やかに続ける。

「人によって考え方は違う。逃げ出して乗るんだという人もいれば、とにかくどこかへ行きたいと強く願っているから乗るのだ、と言う人もいる。何かを探すために乗車して、忘れてしまった目的のために乗るのだと言っている人だっている――けれど、皆迷ってここへ来るんだ。降りるべき場所に辿り着くと、その人にだけ、その風景が見える」