(――今は、午後八時半を切ったところ)

 九時に間に合わなければと、なぜか香澄はそんなことを思った。

 そのまま外に出た。財布もスマホも鍵も持たなかった。

 外は、どういうことかあり得ないほど空気がとても冷たくなっていた。息を吐くと、凍えそうな白い吐息が静かにゆらゆらと漂う。

「……不思議、どうしてこんなに静かなのかしら」

 先程まで停まっていたまずの高級車の後も、薄い雪に覆われて見えない。他の車の通行音すら聞こえてこない。

 静まり返った凍える秋の夜に、夜行列車の吐息が聞こえてくるようだった。


             ※

 外に出ると、冬に似た極寒の冷気が身に染みた。

 風のない凍てつく寒さだ――。

(どういうことかしら?)

 香澄は不思議に思った。ハタと思い出して、外へと足を進めた。

 母の遺骨の行方がとうとう見つからなかったのは、帰るべき墓へと父が送ったのかもしれない。

 父の話を思い返すと、父なら、父が引き離したという家族の元に送ってあげて和解した――気もするのだ。

 お詫びの言葉を添えて、死ぬ前に一度だけでもと連絡を取ったのかもしれない。