高度成長期、藤野家は事業を成立させて成功した。

 暮らしに不自由のない収入があり、香澄の父は社長として、そして多くの時間を一人娘の父親として過ごした。

 彼は仕事よりも家庭を大事にする人だった。

 大きくなり過ぎない会社には、十一人の社員がおり、大きな売り上げは社員たちにも充分に分けられた。

 苦労がなかったと言えば嘘になる。
 香澄は仕事を探す父の、苦労する背中を何度も見た。

 疲れ切った顔に笑顔を刻み、「香澄」と自分を呼んだ父の声が、ふとしたときに脳裏に思い出された。

 経済は前触れもなく浮き沈みするものだから、父は社員と一緒になって厳しい状況を何度も乗りきっていった。

 桜宮という名前は、香澄も昔からよく知っていた。

 地元にあるビルやマンションを所有し、その中心街に、天にそびえる二本の高層ビルを構えた会社は有名だった。

 華族時代から続く富豪だとかなんとかで、そこに入社出来れば、将来は安泰だとさえ言われていた。桜宮家は男家系でもあり、玉の輿を夢見る少女も多くご縁を持ちたいと入社希望を出したりと人気があったが――そんな中、香澄は夢や理想もなく成長していった。