沈黙が十数分も立ち込めた後、彼は横顔だけでちらりと香澄を見た。

「本当に、これでいいのかい」

 野太いが、決して嫌な感じがする声ではなかった。

 香澄がじっと見つめると、男は立ち上がって今度は真っすぐ顔を見合わせてきた。

「あんたと出会ってから、弟はとても楽しそうだった」

 香澄は、どことなく声が似ていると分かって、悲しい顔で微笑んだ。

「ああ、彼のお兄様なんですね」
「そうだ、何かあれば力になりたい。弟は本当に君のことを――」
「本日はもう疲れてしまいましたの、どうか、もう、お引き取りを」

 無礼なことをしているとは分かっている。

 香澄は、畳に額を押し付けて土下座をした。

「今日は雪も強いですのに、父のために線香を上げにいらっしゃってくださいまして、誠にありがとうございました」

 彼は心配したみたいな顔をした。何か言いたそうにしたが、玄関先から聞こえてきた甲高い母親の声に「行くよ!」と答えた。

 香澄は、玄関へと去っていく大きな後ろ姿を見送った。

 それを眺めていると、記憶の中から、父の声が聞こえた。