「きっと時間を見つけて、また会いに来るから」

 晃光は踵を返していってしまった。玄関先に止まっていた社用らしき黒塗りの車が、急かすように晃光を乗せて去っていった。

 香澄は、柔らかな紺色のジュエリーボックスに何が入っているのか容易に想像することができた。

 そっと開けてみると、小さなダイヤが三つ並ぶ金色の指輪が、その存在を強く主張していた。決して安い指輪ではなかった。

「正式な、婚約指輪……」

 香澄の唇から、自然と言葉がこぼれた。

 ほとんど会うこともなくなっていた女性だ。家柄も何も持っていなくて、手元に残っているのは少ない財産と、この家だけ――。

 香澄は、結婚という行為がますますわからなくなった。

 もう、疲れ切ってしまっていた。
 形ばかりの妻を、桜宮家で演じることなど出来るはずもない……。

(どうして、私なのかしら)

 そうして自分は、果たして恋をしているのか?