静かな場所だよ。年の半分以上はは雪に包まれている街だ。春になると丘一面に花が芽吹いて、とてもいい匂いがする。お父さんの死に別れた両親の墓もそこにある。近所にとても親しくしてくれる伯父がいてね、一緒に墓の面倒も見てくれていたんだ――。

 そう話す父の顔は、今にも霞んでしまいそうなほど輝いていた。

「帰りたくないの?」

 香澄は父に尋ねた。

 長いこと語った父は「そうだなあ」と小首を傾げた後、こう言った。

「いつか、香澄が行きたいと思ったとき訪ねてくれれば、それでいい」

 一緒に旅をしようか、とは言ってくれなかった。

 電車、もしくは新幹線でなら数時間では行けるだろう場所に想いを馳せて、父と並んで香澄も五月の風を吸い込んだ。見たこともない北の街の花畑の匂いや、丘を覆い尽くす銀色の静かな世界を想像した。

 今、隣で呼吸をしている父が愛しいと思った。

 香澄は前触れもなく悟った。

 父と同じような暖かい気持ちや安らぎを、晃光から感じていない――それこそが、自分が求めていた求めていた答えなのだろう、と。