「そうか、香澄はここから出たことがないんだったね。本当は、いつか連れて行こうと思っていたんだよ。それでも決心がつかないまま、結局、時間ばかりが過ぎてしまった。父さんはね、母さんをさらって逃げてしまったときから、ずっと母さんのご両親が気にかかっていたんだ。一人娘の家族だったから、お前のことを知ったら喜ぶだろうなあ」
「悪い人じゃなかったの? お母さんは、無理やり結婚されそうになったって聞いたけど」

 遠くを見るような目をした父の顔からは、穏やかな微笑が消えることはなかった。

「そうだね。あのときは、彼女のご両親は、母さんにとってひどく悪い人になってしまった。それでも、娘想いの両親だったんだよ。ただ、娘の幸せを考えるあまり、一番大切な心というものが見えなくなってしまっていた――綺麗な服を着せて、勉強や習い事をさせて、家と言う場所で彼女を守っていた」