五月に、父は一度帰宅を許された。

 香澄は久しぶりにスーパーで食品を買い込み、タクシーを降りたのち、二人で近くで降りてゆったりと夜道を歩いた。

 ずいぶんと明るくなってしまった街で、晴れた夜空に星を見つけることは出来なかった。

 ふと、香澄は自分の左手の薬指にはめられた婚約指輪(仮)を月光に照らして眺めた。あの頃とサイズは変わっていないのか、少し力をいれると指から引き抜けてしまう。

(このまま、外すのも一つの方法かもしれないけれど――)

 家事をしている時、かちかちと当たって邪魔に感じる時がある。香澄は装飾品をはめる習慣がずっとなかったから。

 でも――。

 それでも、外したことはなかった。

 自分が、随分とこの指輪を気に入っていることに驚く。

 晃光との時間は楽しいこともあった。見つめていると嗤い合った時間が蘇ってきて、若い子たちが指輪をはめている気持ちが今ならほんの少しだけ理解できた。

「ふふっ、香澄も大人になったんだなぁ」
「お父さんっ」

 彼が見ていることを忘れていて、香澄は恥ずかしくなって手を下ろした。