「いいかい、香澄。お父さんはね、香澄が立派な暮らしの紳士と結婚するのなら、とても安心するだろう。けれど、辛いのならやめなさい。愛がある結婚には、決して辛さや苦しさはないから」

 父は真面目な顔で言った。

「お父さんたちは、幸せな結婚だったのね」

 香澄が納得した顔で微笑むと、彼はひどく優しげに笑い返してきた。

「そうだとも。始めの暮らしは貧しいものだったが、お父さんとお母さんは、それでも幸せだったんだよ。ひっそりと挙げた結婚式だって、世界がきらきらと輝いて見えた。世界で一番の幸福者だ。ずうっと一緒にいたかったから、結婚したんだよ」

 けれど父は、そこでふっと表情を曇らせた。

「だが、桜宮家は……」

 言い掛けて、彼は言葉を濁した。

 香澄には、父が言いたいことはよくわかっていた。

 会社を失った彼女たち藤野に、桜宮家は一片の興味すらなくしてしまっただろう。

 二人の別れは、もうそこまで迫っているのだ。

(――恋はよく分からない。でも、私は……彼には、幸せになって欲しいと思うわ)

        ◇◇◇