「――今日は、また病室に来てくれてありがとう。お父さんも話せてうれしそうだったわ」

 自分から婚約破棄を切り出せないのは、関係を終わらせられないのは、終わりを思って何かを切り出そうと思うたび、こちらを見つめる晃光の表情に胸が痛むせいだった。

 彼はまるで察知でもしたみたいに、『それだけはためてくれ』と言わんばかりに、香澄を見つめてくるのだ。


「私は、今、恋をしているのかしら」


 晃光が帰ったあと、香澄がふと病室でもらすと、父は困ったような顔で笑った。

「それは、お前が一番よくわかっていることだよ」
「そうかしら……婚約者なんて、何かの間違いだとずっと思うのよ」
「婚約したことをかい? 恋の定義なんて、どこにもないからね。桜宮君も、ずいぶん待っていてくれているもんだ」
「でも、結婚しよう、だなんて軽く言う言葉ではないでしょう?」
「まあそうだな」

 父の笑顔が曇った。桜宮という名前が出るたびに、不安の影がちらついた。