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 母の葬儀が終わったあと、父は病院で検査を受けた。そこで下った診断は、大腸癌だった。

 それからというもの、辛い治療が始まった。

 駆け抜けるように日々は過ぎていき、藤野の会社は一年も持たずに閉めることになった。

 香澄が父の指示で会社を閉める作業を社員たちと進めると、ここぞとばかりに出てきた桜宮の企業が、とんでもない金額で土地を買収した。

 まとまっとお金が入って来たのは、有り難いことだった。

 父の治療には、毎月数万円もの費用がかかったが、二年は困らないほどの財産が手元には残った。

 晃光は会社の勝手な判断による土地の買収に憤慨したが、香澄はどうにか過ぎ去った日々を懐かしむ気持ちを押し留めて「平気よ」と言った。

 香澄にとっては、今がとても大事で、現在流れている時間の方が大切だった。

 藤野の会社も、母がいる家も本当に大好きだったけれど、今は、父と帰る家があることの方が重要だった。

「香澄、結婚しよう。君の父の面倒も引き受けるから」

 香澄が二十三歳の春、病院に見舞いに来た晃光はそう言った。