父は同意する風でもなく、悲しげに笑った。

 父の顔が、いつまでも香澄の脳裏に焼き付いて離れなかった。

 この頃から、父はたびたびそのような顔をすることが多くなった。

 未来への不安と、この数年後に起こる悲しい出来事を悟っていたかのように、じっと香澄を見つめては言い掛けた言葉を飲みこんで口をつぐんでいた。

       ◇◇◇

 香澄が二十二歳の誕生日を迎えた年の六月、母が急死した。

 晃光はすぐ駆けつけてくれた。香澄はハンカチで顔を隠し、声を押し殺してぼろぼろと泣いていた。涙はいっこうに止まらず、晃光からの慰めの言葉の一つも聞き取ることが出来なかった。

 母の心臓が急に止まってしまうなんて、香澄には考えられないことだった。

 父は静かに涙を流し、出会えたことへの感謝と、短い別れの言葉をぼそぼそと遺体に告げた。その言葉を聞いて、晃光だけが顔色を険しくさせた。

「『あとで迎えに行くから』なんて言葉、縁起でもない」

 晃光は低く呟きながらも、強い動揺を抑えきれないようだった。