他の女性に対する晃光の冷たい態度は、誰の目からも明らかなほど柔らかくなってきていた。道が分からないと尋ねてきた女性に一瞥をくれることもなくなり、ちょっと愛想らしきものを持って親切に教えるようになった。

 それを、桜宮家は知って〝その時〟を待っているのではないだろうか。

 見合いの日以来、桜宮家から音沙汰はない。 

「――今はまだ、引き続き彼の婚約でも構いませんか? 私はまだ大学生ですし、婚約を正式にするかどうかのお返事はまだ……待っていてくれると助かります。その……考える時間が、欲しくて」

 へたな言い訳をした。


 香澄はやってくる別れの日を、静かに待ち続けることにした。

      ◇◇◇

 二十一歳で短気大学を卒業すると、香澄は事務員として父の会社を手伝い始めた。

 老眼がひどくなっていた母に代わり、事務机に座る毎日が続いた。

 困ったことは、晃光のことを知っている女性たちが時々会社の前を通り「あれが桜宮さんの婚約者だって」と不満や嫌味を漏らしていくことだった。