桜宮晃光は、仕事に対して完璧な人間だった。一流大学を卒業して大きな事業を成功させ、海外支店での実績もあった。

 高圧的な態度で部下を率いる彼に仕事の失敗はなく、淡々とした口調や冷たい表情にもかかわらず人望がある。容姿端麗の彼に熱を上げる女性は後を絶たなかった。しかし、

「あんなのと結婚したら、幸せになれないっ」

 というのが、父とその社員たちの口癖だった。

「仕事が出来る男に限って、家庭には不向きなのよ。人間の感情が溢れる、心豊かな人と結婚なさい」

 香澄は、母の言葉がまともだと思えた。仕事に対して高圧的な人間が、結婚生活の中で一人にだけ愛を注ぎ続けられるなんて到底思えなかった。

 香澄の理想は、常に父だった。

 妻と一緒に苦難と挫折に立ち向かい、限りなく上を目指すのではなく――自分たちにとっての〝一番の幸せ〟を求める謙虚な姿勢。

 携わった人々を大切にし、自分が建てた会社の社員たちを家族のように想う心。

 不安なんて一つも感じさせず、確かに彼の愛はこちらに向けられているのだと実感できる毎日。

(それが、たぶん、私の理想なの)

 香澄は両親が理想像だった。