帰り道で、何度も彼女に「ごめんなさい」と謝られた。それはさっきの告白同然の言葉を断るという意味が含まれているようにも聞こえたけどそうではなく、単純に「ご迷惑をおかけして」という意味のごめんなさい、だ。
 こちらとしては一秒でも早く道心と別れ、今すぐにでもベッドに飛び込み枕に顔をうずめ、自分の醜態を恥じて叫びたいところだった。それなのに、もういつもの別れ道に着いて十分は経っているというのに、未だ彼女は俺を解放してくれない。

「あのさ、謝らなきゃいけないのはこっちだよ。たぶんもっと、マシな言い方があったから」

 あんなやり方じゃ、たとえ彼女たちが懲りたとしても別の意味で注目を浴びてしまう。道心も、これから俺と会うことに気まずさを覚えるだろう。まともに話を始めてから、たった一ヶ月程度の相手に好きだと言われたんだから。
 しかし彼女は懸命に首を振る。

「違うんです。さっきのは、私が出て行くべきだったから……」

 人生とは、ままならないものだ。いじめをなくしたいと言った張本人が、悪意の言葉に晒されているところを目撃してしまったんだから。ショックで動けなくなるのも無理はない。

「それじゃあ、新田さんがやる気を出してくれるように、君が明日あらためて説得しなよ。明るい学校、作りたいんでしょ?」
「作りたいです」
「だったら、こんな場所でいつまでも立ち止まってちゃダメだ。行動しなきゃ」
「先輩みたいに」

 俺を見習うのは違うと思ったから、肯定はしなかった。先ほどの奇行はおそらく無償の善意ではなく、少なからず下心があった。人間とはすべからくそういう生き物だ。
 それからようやく彼女は「頑張ります」と呟いて、俺は勝手に安心した。

「それじゃあ、もういい?」
「あ、それと」
「なに?」
「好きって言ってくれて、嬉しかったです」

 瞬間、心臓が止まるかと思うほどの衝撃が走った。甘い痺れが全身を覆い、それを脳が解釈した瞬間にどっと汗が噴き出してきた。だけどそんな俺とは対照的に、彼女は何もなかったかのように「それじゃあ、また明日です」と言って手を振り去っていった。

「有耶無耶にされた……」

 元々、告白ではなかった。ただ事実を伝えただけで、それに明確な返事を期待していたわけじゃない。だからこれは、一瞬でも期待してしまった俺が馬鹿なだけだ。
 その日、ベッドの上で俺は眠ることができなかった。いつまでも、彼女の笑顔が頭の中をリフレインしていた。



 翌日、何事もなかったかのように新田風音は道心と生徒会室に訪れ、打ち合わせにも復帰していた。昨日愚痴を言われて落ち込んでいたというのに、いったいどんな魔法を使ったのだろう。

「私、当日は第一体育館のバスケと第二体育館のバレーの試合、どっちも審判できますよ。任せてください!」
「あんた馬鹿でしょ。一つしか体ないのに、どうやって二試合分見るのよ。それに審判は部活やってる連中にも手伝ってもらうって、さっき会長が話してたこと聞いてなかったの?」
「バスケの審判はバスケ部の人に任せて、道心は試合進行だけ時間通り円滑に進めてくれればいいから」
「わかりましたー」

 不服そうに唇を尖らせる姿がかわいいと思ってしまい、ふっと笑みがこぼれた。それを見ていたのか、正面の椅子に掛けていた新田が呆れたように目を細めて足の脛をつま先で小突いてくる。

「会長、変態」
「えっ、会長って変態なんですか?」
「今、道心のこと見て鼻の下伸ばしてたよ」
「えー!それはちょっと恥ずかしいなー」
「いや、伸びてないから」

 今さら否定しても遅いが、とりわけ彼女は不快な様子を見せておらず、むしろまんざらでもなさそうに口元を押さえて笑っていた。それがまた、俺の心の琴線を刺激する。
 俺は昨日、道心のことが好きだと言った。にもかかわらず、いつも通りに接してくるのは、もしかすると彼女が天然と呼ばれるような人種だからなのかもしれない。もしくは、俺という人間がそもそも眼中に入っていないのか。

「先輩、さっき鼻の下伸びてましたよ」

 マイナスな思考に陥りそうになっていた時、隣で打ち合わせのメモを取っている一年書記の無口な川原くんが、忠告するように教えてくれた。俺は、やっぱり鼻の下が伸びていたみたいだ。