鬼山祭の1週間前のこと、甘城から誘いの連絡が来た。
『良かったら、僕と真樹とお祭に行きませんか? もちろん無理なら全然大丈夫です!都合が合えばで良いのでお願いします!』
言うまでもなく、久徳には「絶対に行くな、俺はその日は用事がある」と釘を刺されている。しかし、ダメだと言われたら、それに反対してしまうのが人間の性。というか、自分が用事があるから何だというのか。
なんて、そんなこんな私は甘城の誘いにOKの返事をしたのであった。
「それでね、子供が小石を積んでいるところを鬼が襲おうとするんだけど、鬼神様がその鬼を倒す、っていう儀式があるらしいよ」
「はぇ~、そうなんですね!」
私たちは神社まで並んで歩きながら、祭りについての話をしていた。
周りにも祭りに向かっている人々がおり、それもそのはず、近所の赤羽神社とは違って赤鬼神社ーー赤羽鬼山神社ーーはそれなりに大きな神社なのだ。
がやがやと楽しげに話し声があちこちから聞こえる。日はまだ傾いていないので、おそらく多くの人たちは出店目当てなのだろう。
「あの、奥山さんは毎年このお祭りに行っているんですか?」
「うーん、健人と予定が合えば行ってるけど、最近は健人が部活と被っていて行けてないかな」
「ふーん、じゃあ久々の祭りって感じ?」
少し前を歩く阿久田が顔だけこちらを向けながら問いかけた。
それに対して私が首を縦に振った直後だった。
「なんヤなんヤ、わしの誘いは断ったちゅーのになぁ」
「うわっ!」
突然、両肩を掴まれて私は立ち止まる。
「げ、狐……」
後ろからひょっこり出てきた狐がこちらに詰め寄ってくる。
「ほんま朱莉ちゃん、ツれへんわァ」
「すみませんが、たぬき派なもので」
私はスマホについたストラップを見せつけながら歩き始める。
「ぬぅ。狐さまを推してるほうが絶対にご利益あるヤデ?」
「え、でもよ、“お稲荷さま”って裏返しでめっちゃ怖いとか言うじゃん」
阿久田がそう言うと、狐は「う~ん」と唸った後にニヤリと口角を上げた。
「そりゃあまあ、“キツネ”によるというわけヤ」
はあ。と私が無愛想な返事をしたら、いらぬ説明が始まった。
「そもそも、わしを“狐”と一括りされているのも気に食わんのぅ。わしは幸福をもたらすとされる“白狐”なんヤ。野狐だとか九尾だとか八尾だとか、そんなもんと同一で扱わんでほしいヤデ?」
「いや、ヤデ? と言われましても知らないよ。それにね、こちらから言わせてみれば別にご利益あるかどうかで狸を推してるわけじゃないの。見た目なの、見た目」
ガーン。と口に出して足を止めた狐には目もくれず、私は歩きながら甘城に話しかけた。
「着いたら何食べよっか? 私、かき氷が食べたいんだよねー」
「いいですね! 僕はベビーカステラも食べたいです」
「お、ベビーカステラいいじゃねえか!」
「ちょいちょい、待ちぃヤ」
なんて追いかけてきた狐が私の腕にしがみついてきた。
その時、私は昨晩に久徳が話をしに来たことを思い出した。
「いいな? 狐には近づくな」
「…………はあ」
誰かさんの時も、また他の誰かさんの時も同じ言葉を聞いたな、と思いながら私は久徳を見上げる。
膝には今日もモフモフの『たぬたぬ』が乗っている。この子のために血ならあげるから黙って吸って帰ってくれ。なんて考えながらゆっくりと右手で『たぬたぬ』を撫で続ける。
「それで? 今度は何が危険だって?」
「狐の思惑がわからない」
「そんなのお酒しかないでしょ」
「いや、それ以外にあるはずだ。酒は大変好物なようだが、わざわざ学校に入ってまでしなくとも、あの白狐の力ならどうとでもなる」
言われてみればそうかもしれない。だが、だからと言って暇あらば酒を呑んで酔い潰れている狐に、大した目的があるとは思えない。というのは楽観的すぎるのだろうか。
「この間の魔界の宝石、何故か冥王が関わってきていること。そして何より、自分は“完全体ではない”と言っていたこと。これらを踏まえると、あの神が目的のために朱莉に近づいていたとしてもおかしくない…………って聞いているのか? おい」
「あ、ごめん、寝かけてた」
大きなあくびの後に私は目を擦りながら「そろそろ寝たいんだけど」と言った。すると、久徳は時計に目をやって、きゅっと唇を結んだ。
「………………」
「ん? 久徳?」
「……ともかくだ。狐とは関わるな。そして明日は出歩くな、いいな?」
早口でそう告げて、久徳はいつもの謎の力で姿を消した。
何やらとても急いでいたようだが、こんな夜中にどんな用事があるというのか。まあ知りたくもないが。
……なんて会話を昨日にしたわけだが、さっそくお酒を指して私の方を見つめてくる狐はどう考えたってお酒目的である。
「ねえ、私のこと財布に見えてる?」
「そんなわけないデ」
「あのさ、健人助けてくれたのはちゃんと感謝してるけど、そのお返しはもうあげたからね?」
「む、神様にウィンウィンの関係を望むんかいナ?」
「自分で狐はご利益あるって言ったんじゃん」
ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。狐は黙ったままお酒を販売している屋台を通り過ぎたのであった。
どうやら、お酒のために私に何かすると言う気はないらしい。
これでは、もはや『たぬたぬ』を動かしてくれている久徳の方がご利益があると言える。まあ私が受けるご利益に対して与える血の量には不満があるけどね。
『良かったら、僕と真樹とお祭に行きませんか? もちろん無理なら全然大丈夫です!都合が合えばで良いのでお願いします!』
言うまでもなく、久徳には「絶対に行くな、俺はその日は用事がある」と釘を刺されている。しかし、ダメだと言われたら、それに反対してしまうのが人間の性。というか、自分が用事があるから何だというのか。
なんて、そんなこんな私は甘城の誘いにOKの返事をしたのであった。
「それでね、子供が小石を積んでいるところを鬼が襲おうとするんだけど、鬼神様がその鬼を倒す、っていう儀式があるらしいよ」
「はぇ~、そうなんですね!」
私たちは神社まで並んで歩きながら、祭りについての話をしていた。
周りにも祭りに向かっている人々がおり、それもそのはず、近所の赤羽神社とは違って赤鬼神社ーー赤羽鬼山神社ーーはそれなりに大きな神社なのだ。
がやがやと楽しげに話し声があちこちから聞こえる。日はまだ傾いていないので、おそらく多くの人たちは出店目当てなのだろう。
「あの、奥山さんは毎年このお祭りに行っているんですか?」
「うーん、健人と予定が合えば行ってるけど、最近は健人が部活と被っていて行けてないかな」
「ふーん、じゃあ久々の祭りって感じ?」
少し前を歩く阿久田が顔だけこちらを向けながら問いかけた。
それに対して私が首を縦に振った直後だった。
「なんヤなんヤ、わしの誘いは断ったちゅーのになぁ」
「うわっ!」
突然、両肩を掴まれて私は立ち止まる。
「げ、狐……」
後ろからひょっこり出てきた狐がこちらに詰め寄ってくる。
「ほんま朱莉ちゃん、ツれへんわァ」
「すみませんが、たぬき派なもので」
私はスマホについたストラップを見せつけながら歩き始める。
「ぬぅ。狐さまを推してるほうが絶対にご利益あるヤデ?」
「え、でもよ、“お稲荷さま”って裏返しでめっちゃ怖いとか言うじゃん」
阿久田がそう言うと、狐は「う~ん」と唸った後にニヤリと口角を上げた。
「そりゃあまあ、“キツネ”によるというわけヤ」
はあ。と私が無愛想な返事をしたら、いらぬ説明が始まった。
「そもそも、わしを“狐”と一括りされているのも気に食わんのぅ。わしは幸福をもたらすとされる“白狐”なんヤ。野狐だとか九尾だとか八尾だとか、そんなもんと同一で扱わんでほしいヤデ?」
「いや、ヤデ? と言われましても知らないよ。それにね、こちらから言わせてみれば別にご利益あるかどうかで狸を推してるわけじゃないの。見た目なの、見た目」
ガーン。と口に出して足を止めた狐には目もくれず、私は歩きながら甘城に話しかけた。
「着いたら何食べよっか? 私、かき氷が食べたいんだよねー」
「いいですね! 僕はベビーカステラも食べたいです」
「お、ベビーカステラいいじゃねえか!」
「ちょいちょい、待ちぃヤ」
なんて追いかけてきた狐が私の腕にしがみついてきた。
その時、私は昨晩に久徳が話をしに来たことを思い出した。
「いいな? 狐には近づくな」
「…………はあ」
誰かさんの時も、また他の誰かさんの時も同じ言葉を聞いたな、と思いながら私は久徳を見上げる。
膝には今日もモフモフの『たぬたぬ』が乗っている。この子のために血ならあげるから黙って吸って帰ってくれ。なんて考えながらゆっくりと右手で『たぬたぬ』を撫で続ける。
「それで? 今度は何が危険だって?」
「狐の思惑がわからない」
「そんなのお酒しかないでしょ」
「いや、それ以外にあるはずだ。酒は大変好物なようだが、わざわざ学校に入ってまでしなくとも、あの白狐の力ならどうとでもなる」
言われてみればそうかもしれない。だが、だからと言って暇あらば酒を呑んで酔い潰れている狐に、大した目的があるとは思えない。というのは楽観的すぎるのだろうか。
「この間の魔界の宝石、何故か冥王が関わってきていること。そして何より、自分は“完全体ではない”と言っていたこと。これらを踏まえると、あの神が目的のために朱莉に近づいていたとしてもおかしくない…………って聞いているのか? おい」
「あ、ごめん、寝かけてた」
大きなあくびの後に私は目を擦りながら「そろそろ寝たいんだけど」と言った。すると、久徳は時計に目をやって、きゅっと唇を結んだ。
「………………」
「ん? 久徳?」
「……ともかくだ。狐とは関わるな。そして明日は出歩くな、いいな?」
早口でそう告げて、久徳はいつもの謎の力で姿を消した。
何やらとても急いでいたようだが、こんな夜中にどんな用事があるというのか。まあ知りたくもないが。
……なんて会話を昨日にしたわけだが、さっそくお酒を指して私の方を見つめてくる狐はどう考えたってお酒目的である。
「ねえ、私のこと財布に見えてる?」
「そんなわけないデ」
「あのさ、健人助けてくれたのはちゃんと感謝してるけど、そのお返しはもうあげたからね?」
「む、神様にウィンウィンの関係を望むんかいナ?」
「自分で狐はご利益あるって言ったんじゃん」
ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。狐は黙ったままお酒を販売している屋台を通り過ぎたのであった。
どうやら、お酒のために私に何かすると言う気はないらしい。
これでは、もはや『たぬたぬ』を動かしてくれている久徳の方がご利益があると言える。まあ私が受けるご利益に対して与える血の量には不満があるけどね。

