あまりにも突然のことだった。とある神社の前に幅1mほどの小さな川ができた。
それは山流から勢いよく降りて赤羽川に合流し、徐々に緩やかな流れとなって神社の前を通っている。そして、そのまま隣町の川に続いた。
〝一夜のうちに現れた川〟
そんなテロップがテレビの右上に出ており、私は画面を横目に口を開いた。
「赤鬼神社のとこじゃん」
「もうすぐ鬼山祭なのに、鬼神様が怒らなければ良いわねえ」
マグカップに口を付けようとしたが、私は顔を上げた。
「やっぱり、あそこって鬼が祀られてるんだ」
「いつも儀式で“鬼神様”が“鬼”を倒してるでしょ」
「鬼神様が鬼を?」
「倒される鬼は賽の河原に出る悪い鬼なの」
「ふうん。賽の河原? はよく分からないけどそこに出るのは悪い鬼なんだ」
その後、裏手に赤羽鬼山という山があるから神社の正式名称は『赤羽鬼山神社』なのだと、これまた知らなかったことをついでに教えてもらった。
そんなこんな、家を出る時間になったので、私は学校へと出発した。
教室へ着くと、いつものように私のもとにはあの二人がやってくるのだった。二人のうち一人は言わずもがな久徳。そして、二人目は何やら学生生活を学びたい狐ーー学校では「稲荷ハク」と名乗っているーーである。
「おはよう、朱莉」「朱莉ちゃん、おはよーさん」
同時に挨拶をした二人は、互いに睨み合っている。
私は彼らに視線をやることなく鞄から教科書を取り出していく。すると、また二人の声が重なって降ってきた。
「「川の……」」
すぐさま二人は黙って顔を見合っている。
まあ久徳と狐が言い出さなくたって、さすがにあの川が人の仕業でないであろう事ぐらい察している。
「それで、今回は何の仕業なわけ?」
探り合うように視線を交わす二人を私は交互に見る。どちらとも答えないのは腹を探っているのか、それとも二人ともまだ答えられないのか。
先に答えたのは久徳だった。
「何にせよ、朱莉はあの神社に近づかないことだ」
そんな久徳に鼻を鳴らして狐は言った。
「いーや、神社内に気配はあらへんかったからひとまず大丈夫ヤデ。もし祭に行くんやったら付いて行くヤデ?」
「何故、異変があるかもしれないところに朱莉を連れ出そうとする?」
「人間のお祭に朱莉ちゃんと行きたいだけヤデ」
「はあ、どうせ狐はコレが欲しいだけでしょ?」
私は酒を呷るような仕草をしてみせる。狐はニヤニヤしながら指を振った。
「ちゃうちゃう、祭りに興味があるんヤ。まあ買ってくれたら嬉しいけどナァ」
ほらね、やっぱり酒だ。
とはいえ、私は鬼山祭に行く気がない。健人が行くならと思っていたが、その日は他府県で練習試合があるらしく、帰りが遅いそうだ。
だから、狐の誘いを断れば口を尖らして肩を揺すられた。しかしながら、すぐに久徳が間に入って止めていた。
◆◆◆◆◆
また冥界か。と思った束の間、自分の体が“在ること”に気付いた。
長く続く絨毯を歩いていけば仄かに光が見え、知った声が聞こえてきた。
「来たか、アザゼル」
アザゼル、それは俺の遣い名だ。生前の名前とは別に与えられる悪の遣いとしての名前。追放された時にもう呼ばれることはないと思っていたが、どうやら俺はまだ悪の遣いとして存在しなければならないらしい。
はあ、と出そうになる溜息を飲み込み、徐々に姿が見えてきた冥王を視界に入れた。
冥王は背板の長い椅子に足を組んで居丈高に座っている。俺は冥王のところまで来ると、膝をついて頭を下げた。
「ここが何処であるか、気になっているか?」
「俺の夢の中と思ってたんスけど、違うんすか?」
「相変わらず言葉遣いが気になる奴だな、貴様は」
すんません、と咄嗟に答えれば、冥王に「申し訳ありません」だろうと言いたげな視線を送られ、逃げるように俯いた。
「まあいい。ここは夢であって夢でない、冥界であって冥界でない。だが、明確に幽界でも地獄でも天界でもなく奈落界でもない。有と無、夢と現の狭間……いや、もはや此処が何処であるかを明確にすることなぞ、荒唐無稽なのかもしれない」
「はい…………?」
首を傾げれば、冥王に鼻で笑われた。
「馬鹿な貴様に分かるはずもなかったな」
じゃあ説明なんていらなかったんだが……なんて心の中で愚痴るが、冥王の次の言葉で背中に冷や汗が流れるのだった。
「ちなみに現実でもここでも貴様の考えていることは全て筒抜けだ」
「げっ……まじすか」
「だから、逃げも隠れもできないことを覚えておくといい」
何やら嫌な予感がする。
信じたくなかったが、訳あって冤罪で人間界に追放されているようだし、無理難題を押し付けられてもおかしくない。何を言い出すというんだ、このお方は……。
「ふんっ、さすがの貴様も察しているか。その通り、貴様には『奥山朱莉』の“監視”を命ずる」
「奥山?」
「片時も離れるでない」
「いや、片時もは無理っすよ」
「実に貴様らしい答えだ」
それより何で奥山なんだ? 前に冥王サマが連れ去ったことに関係あるのか? 吸血鬼とか狐の神様にも好かれてるし奥山って何者なんだ?
ぐるぐると疑問が回る。アホな俺の頭では考えが追いつかない。分からないものは聞くしかない、と俺は立ち上がった。
「どうして奥山なのかだけ教えてほしいっす!」
「退屈しのぎの標的が本命であった、それだけだ」
「は、本命?!」
まさか冥王サマも二人の吸血鬼みたいに奥山のことが好きなのか? いや、それならこの間、冥界に連れてきた後に人間界へ返す必要がない……。
ますます、どういうことだ?
頭を抱えるように思考を巡らしていたら、急激な眠気に襲われ、俺はその場に倒れ込んだ。
それは山流から勢いよく降りて赤羽川に合流し、徐々に緩やかな流れとなって神社の前を通っている。そして、そのまま隣町の川に続いた。
〝一夜のうちに現れた川〟
そんなテロップがテレビの右上に出ており、私は画面を横目に口を開いた。
「赤鬼神社のとこじゃん」
「もうすぐ鬼山祭なのに、鬼神様が怒らなければ良いわねえ」
マグカップに口を付けようとしたが、私は顔を上げた。
「やっぱり、あそこって鬼が祀られてるんだ」
「いつも儀式で“鬼神様”が“鬼”を倒してるでしょ」
「鬼神様が鬼を?」
「倒される鬼は賽の河原に出る悪い鬼なの」
「ふうん。賽の河原? はよく分からないけどそこに出るのは悪い鬼なんだ」
その後、裏手に赤羽鬼山という山があるから神社の正式名称は『赤羽鬼山神社』なのだと、これまた知らなかったことをついでに教えてもらった。
そんなこんな、家を出る時間になったので、私は学校へと出発した。
教室へ着くと、いつものように私のもとにはあの二人がやってくるのだった。二人のうち一人は言わずもがな久徳。そして、二人目は何やら学生生活を学びたい狐ーー学校では「稲荷ハク」と名乗っているーーである。
「おはよう、朱莉」「朱莉ちゃん、おはよーさん」
同時に挨拶をした二人は、互いに睨み合っている。
私は彼らに視線をやることなく鞄から教科書を取り出していく。すると、また二人の声が重なって降ってきた。
「「川の……」」
すぐさま二人は黙って顔を見合っている。
まあ久徳と狐が言い出さなくたって、さすがにあの川が人の仕業でないであろう事ぐらい察している。
「それで、今回は何の仕業なわけ?」
探り合うように視線を交わす二人を私は交互に見る。どちらとも答えないのは腹を探っているのか、それとも二人ともまだ答えられないのか。
先に答えたのは久徳だった。
「何にせよ、朱莉はあの神社に近づかないことだ」
そんな久徳に鼻を鳴らして狐は言った。
「いーや、神社内に気配はあらへんかったからひとまず大丈夫ヤデ。もし祭に行くんやったら付いて行くヤデ?」
「何故、異変があるかもしれないところに朱莉を連れ出そうとする?」
「人間のお祭に朱莉ちゃんと行きたいだけヤデ」
「はあ、どうせ狐はコレが欲しいだけでしょ?」
私は酒を呷るような仕草をしてみせる。狐はニヤニヤしながら指を振った。
「ちゃうちゃう、祭りに興味があるんヤ。まあ買ってくれたら嬉しいけどナァ」
ほらね、やっぱり酒だ。
とはいえ、私は鬼山祭に行く気がない。健人が行くならと思っていたが、その日は他府県で練習試合があるらしく、帰りが遅いそうだ。
だから、狐の誘いを断れば口を尖らして肩を揺すられた。しかしながら、すぐに久徳が間に入って止めていた。
◆◆◆◆◆
また冥界か。と思った束の間、自分の体が“在ること”に気付いた。
長く続く絨毯を歩いていけば仄かに光が見え、知った声が聞こえてきた。
「来たか、アザゼル」
アザゼル、それは俺の遣い名だ。生前の名前とは別に与えられる悪の遣いとしての名前。追放された時にもう呼ばれることはないと思っていたが、どうやら俺はまだ悪の遣いとして存在しなければならないらしい。
はあ、と出そうになる溜息を飲み込み、徐々に姿が見えてきた冥王を視界に入れた。
冥王は背板の長い椅子に足を組んで居丈高に座っている。俺は冥王のところまで来ると、膝をついて頭を下げた。
「ここが何処であるか、気になっているか?」
「俺の夢の中と思ってたんスけど、違うんすか?」
「相変わらず言葉遣いが気になる奴だな、貴様は」
すんません、と咄嗟に答えれば、冥王に「申し訳ありません」だろうと言いたげな視線を送られ、逃げるように俯いた。
「まあいい。ここは夢であって夢でない、冥界であって冥界でない。だが、明確に幽界でも地獄でも天界でもなく奈落界でもない。有と無、夢と現の狭間……いや、もはや此処が何処であるかを明確にすることなぞ、荒唐無稽なのかもしれない」
「はい…………?」
首を傾げれば、冥王に鼻で笑われた。
「馬鹿な貴様に分かるはずもなかったな」
じゃあ説明なんていらなかったんだが……なんて心の中で愚痴るが、冥王の次の言葉で背中に冷や汗が流れるのだった。
「ちなみに現実でもここでも貴様の考えていることは全て筒抜けだ」
「げっ……まじすか」
「だから、逃げも隠れもできないことを覚えておくといい」
何やら嫌な予感がする。
信じたくなかったが、訳あって冤罪で人間界に追放されているようだし、無理難題を押し付けられてもおかしくない。何を言い出すというんだ、このお方は……。
「ふんっ、さすがの貴様も察しているか。その通り、貴様には『奥山朱莉』の“監視”を命ずる」
「奥山?」
「片時も離れるでない」
「いや、片時もは無理っすよ」
「実に貴様らしい答えだ」
それより何で奥山なんだ? 前に冥王サマが連れ去ったことに関係あるのか? 吸血鬼とか狐の神様にも好かれてるし奥山って何者なんだ?
ぐるぐると疑問が回る。アホな俺の頭では考えが追いつかない。分からないものは聞くしかない、と俺は立ち上がった。
「どうして奥山なのかだけ教えてほしいっす!」
「退屈しのぎの標的が本命であった、それだけだ」
「は、本命?!」
まさか冥王サマも二人の吸血鬼みたいに奥山のことが好きなのか? いや、それならこの間、冥界に連れてきた後に人間界へ返す必要がない……。
ますます、どういうことだ?
頭を抱えるように思考を巡らしていたら、急激な眠気に襲われ、俺はその場に倒れ込んだ。

