魂の恋人ーー十年前に出会った吸血鬼が求婚してきましたが、断固拒否です。

 あまりにも突然のことだった。とある神社の前に幅1mほどの小さな川ができた。
 それは山流から勢いよく降りて赤羽川に合流し、徐々に緩やかな流れとなって神社の前を通っている。そして、そのまま隣町の川に続いた。

〝一夜のうちに現れた川〟

 そんなテロップがテレビの右上に出ており、私は画面を横目に口を開いた。

「赤鬼神社のとこじゃん」
「もうすぐ鬼山祭(きざんさい)なのに、鬼神様(おにがみさま)が怒らなければ良いわねえ」

 マグカップに口を付けようとしたが、私は顔を上げた。

「やっぱり、あそこって鬼が祀られてるんだ」
「いつも儀式で“鬼神様”が“鬼”を倒してるでしょ」
「鬼神様が鬼を?」
「倒される鬼は賽の河原に出る悪い鬼なの」
「ふうん。賽の河原? はよく分からないけどそこに出るのは悪い鬼なんだ」

 その後、裏手に赤羽鬼山(あかばねきざん)という山があるから神社の正式名称は『赤羽鬼山(あかばねきざん)神社』なのだと、これまた知らなかったことをついでに教えてもらった。
 そんなこんな、家を出る時間になったので、私は学校へと出発した。

 教室へ着くと、いつものように私のもとにはあの二人がやってくるのだった。二人のうち一人は言わずもがな久徳。そして、二人目は何やら学生生活を学びたい狐ーー学校では「稲荷ハク」と名乗っているーーである。

「おはよう、朱莉」「朱莉ちゃん、おはよーさん」

 同時に挨拶をした二人は、互いに睨み合っている。
 私は彼らに視線をやることなく鞄から教科書を取り出していく。すると、また二人の声が重なって降ってきた。

「「川の……」」

 すぐさま二人は黙って顔を見合っている。
 まあ久徳と狐が言い出さなくたって、さすがにあの川が人の仕業でないであろう事ぐらい察している。

「それで、今回は何の仕業なわけ?」

 探り合うように視線を交わす二人を私は交互に見る。どちらとも答えないのは腹を探っているのか、それとも二人ともまだ答えられないのか。
 先に答えたのは久徳だった。

「何にせよ、朱莉はあの神社に近づかないことだ」

 そんな久徳に鼻を鳴らして狐は言った。

「いーや、神社内に気配はあらへんかったからひとまず大丈夫ヤデ。もし祭に行くんやったら付いて行くヤデ?」
「何故、異変があるかもしれないところに朱莉を連れ出そうとする?」
人間(ひと)のお祭に朱莉ちゃんと行きたいだけヤデ」
「はあ、どうせ狐はコレが欲しいだけでしょ?」

 私は酒を呷るような仕草をしてみせる。狐はニヤニヤしながら指を振った。

「ちゃうちゃう、祭りに興味があるんヤ。まあ買ってくれたら嬉しいけどナァ」

 ほらね、やっぱり酒だ。
 とはいえ、私は鬼山祭に行く気がない。健人が行くならと思っていたが、その日は他府県で練習試合があるらしく、帰りが遅いそうだ。
 だから、狐の誘いを断れば口を尖らして肩を揺すられた。しかしながら、すぐに久徳が間に入って止めていた。


◆◆◆◆◆

 また冥界(ここ)か。と思った束の間、自分の体が“在ること”に気付いた。
 長く続く絨毯を歩いていけば仄かに光が見え、知った声が聞こえてきた。

「来たか、アザゼル」

 アザゼル、それは俺の遣い名(つかいな)だ。生前の名前とは別に与えられる悪の遣いとしての名前。追放された時にもう呼ばれることはないと思っていたが、どうやら俺はまだ悪の遣いとして存在しなければならないらしい。

 はあ、と出そうになる溜息を飲み込み、徐々に姿が見えてきた冥王を視界に入れた。
 冥王は背板の長い椅子に足を組んで居丈高に座っている。俺は冥王のところまで来ると、膝をついて頭を下げた。

「ここが何処であるか、気になっているか?」
「俺の夢の中と思ってたんスけど、違うんすか?」
「相変わらず言葉遣いが気になる奴だな、貴様は」

 すんません、と咄嗟に答えれば、冥王に「申し訳ありません」だろうと言いたげな視線を送られ、逃げるように俯いた。

「まあいい。ここは夢であって夢でない、冥界であって冥界でない。だが、明確に幽界でも地獄でも天界でもなく奈落界(タルタロス)でもない。有と無、夢と現の狭間……いや、もはや此処が何処であるかを明確にすることなぞ、荒唐無稽なのかもしれない」
「はい…………?」

 首を傾げれば、冥王に鼻で笑われた。

「馬鹿な貴様に分かるはずもなかったな」

 じゃあ説明なんていらなかったんだが……なんて心の中で愚痴るが、冥王の次の言葉で背中に冷や汗が流れるのだった。

「ちなみに現実でもここでも貴様の考えていることは全て筒抜けだ」
「げっ……まじすか」
「だから、逃げも隠れもできないことを覚えておくといい」

 何やら嫌な予感がする。
 信じたくなかったが、訳あって冤罪で人間界に追放されているようだし、無理難題を押し付けられてもおかしくない。何を言い出すというんだ、このお方は……。

「ふんっ、さすがの貴様も察しているか。その通り、貴様には『奥山朱莉』の“監視”を命ずる」
「奥山?」
「片時も離れるでない」
「いや、片時もは無理っすよ」
「実に貴様らしい答えだ」

 それより何で奥山なんだ? 前に冥王サマが連れ去ったことに関係あるのか? 吸血鬼とか狐の神様にも好かれてるし奥山(あいつ)って何者なんだ?
 ぐるぐると疑問が回る。アホな俺の頭では考えが追いつかない。分からないものは聞くしかない、と俺は立ち上がった。

「どうして奥山なのかだけ教えてほしいっす!」
「退屈しのぎの標的が本命であった、それだけだ」
「は、本命?!」

 まさか冥王サマも二人の吸血鬼みたいに奥山のことが好きなのか? いや、それならこの間、冥界に連れてきた後に人間界へ返す必要がない……。
 ますます、どういうことだ?
 頭を抱えるように思考を巡らしていたら、急激な眠気に襲われ、俺はその場に倒れ込んだ。