前回のあらすじ
無事海賊を撃退した紙月たち一向。
あとはそう、バカンスだ。
船が予定よりも早めに帰港して、そのぼろぼろの惨状を見せつけるにあたって港では何事かと大いにざわめいたものだった。
プロテーゾが海賊船の残骸を港に広げて見せ、また森の魔女こと紙月とその盾の騎士未来を並べて海賊退治の報をぶち上げると、ざわめきは大歓声に代わり、あちこちで日も高いうちから酒瓶を開ける音が響き始めた。景気のいい船主などは、酒の樽を開けてもいる。
海賊騒動は、目には見えぬようでいて、港の人々の心中に深い不安を落としていたのだろう。
海賊を見事仕留めたプロテーゾとその商社は大いに褒め称えられ、不死身のプロテーゾまたも生き残ると大いにはやし立てられていた。
そして脚色も華やかに尾ひれも背びれも胸びれも、なんなら尾頭までついた森の魔女の海賊退治の物語は、その日のうちにハヴェノの町中に広まった。ハヴェノの町中に広まるということは、一週間以内には、街道でつながる全ての町に森の魔女の偉業がさらに頭を二つか三つ増やして伝えられるということであったが、これに関しては、紙月たちはもうあきらめることにした。
未来は鎧を脱いでしまえば盾の騎士の面影などないし、そんな未来を連れている紙月も、衣装を黒尽くめから少し色合いを変えてしまうだけであっという間に町並みに紛れてしまう。ましてうわさ話にかけらも出てこない、むくつけき斧男二人がお供についているとなれば、これはもう誰も本人とは思わなかった。
白のワンピースドレスに麦藁帽という、そのあたりに何人もいそうな変哲もない服装は、ともすれば人込みに紛れて数秒もすれば見失ってしまいそうなほどにありふれたものであったが、スカートを翻してどうだ似合うかと笑う紙月に、未来はそっと小首をかしげたのだった。
「いっそ男物買えばよかったんじゃないの?」
「うーん」
街中なのだし安全だろうと未来は思うのだけれど、紙月はいまだに装備品の数値にこだわるのだった。この田舎から出てきたばかりのような服装だって、立派なゲーム内装備である。
「仮にの話なんだが」
「なあに」
「お前が攫われても俺は心配しない。お前を傷つけられるやつが想像できん」
「ちょっとひどいんじゃないそれ」
「まあまあ。だがおれは自分が攫われる姿は容易に想像できる」
「自信満々に」
「そうなるとお前に迷惑をかけるので、せめてもと自衛しているわけだ」
「成程」
紙月はそう言って、さあ海遊びでもしようかとさっさと浜へ歩き始めるのだが、上機嫌そうなその後ろを歩きながら、未来は小首をかしげるのだった。
「本当はちょっと楽しくなってない?」
「……ちょっとだけ、な」
舌を出して笑う姿は成程魅力的だった。
海開きはもう済んでいるということで、浜には多くの観光客が集まっていた。泳ぐ者もいるし、浜を駆けまわるものもいるし、蔦のようなものを編んだ球で遊ぶ者たちもいるし、そしてまた最大勢力はかまどに網を広げて肉を焼く勢力だった。
「バーベキュー見てるとアメリカンって感じがする」
「文化的には一応ヨーロピアンっぽいんだけどなあ」
人々はみな水着姿だったが、その水着一つとってもスタイルに大きく幅があった。首元から足元まで覆う全身型のものもあれば、ほとんど局所しか覆っていないようなものまであり、文化が妙にごちゃ混ぜになっているような光景である。
「普通こう、もっとみんな似たような感じになるんじゃないのか……?」
「水着に関しちゃ、帝都が毎年新しい意匠を考えちゃ広めてるんでさ」
「それで流行り廃りが激しいから、ああやっていろんな水着が出回ってるのさ」
「デザイナーってのはどの世界でも……」
そういうハキロとムスコロは、昔ながらというか、手入れも簡単だというふんどしのようなスタイルである。これがひょろい優男なんかだとみっともないが、筋骨隆々の二人は実によく似合っていた。ただし見ていて楽しいというものでもなかったが。
未来はゲーム内アイテムの《勇魚の皮衣》と呼ばれる、トランクスタイプの水着を身に着けていた。これは装備していると水中での活動が可能になるというもので、水中ステージに挑むにあたって必須のアイテムだった。ただ、未来がフル装備で挑んだ場合、鎧の上にトランクスタイプの水着を履くという大変シュールな絵面であったが。
そして紙月はというと、ビキニタイプの水着にパレオを巻き、麦わら帽子をかぶった夏らしい装いだった。この水着もゲーム内のアイテムであり、その名も《魅惑のマーメイド》という。未来の装備と同じく水中での活動が可能になるほか、異性の敵に魅了効果のある装備だった。
現状でこの異性に当たる部分が一体何に当たるのかは不明であったが、すくなくとも筋肉ダルマ二人は男とわかっていながらも目をそらせずにいたし、そして未来は、その二人のすねを蹴りつけていた。
「未来は意外と筋肉ついてるんだな。お、水着にしっぽ穴付いてる」
「動物学的な観察をどうも。……紙月、とっても似合ってるよ」
「え? お、おう。なんだか恥ずかしいな……あんがとよ」
日差しは強く、白い砂浜の照り返しは暑い。
だが風は心地よく、潮の香りが異国を思わせた。
夏はまだ、始まったばかりだった。
用語解説
・白のワンピースドレス
ゲーム内アイテム。正式名称《あの夏の思い出》。女性キャラ専用装備。特定の組み合わせで装備することで防御力を大幅に高めることができる。夏のイベント限定で入手できた。
『今も僕は覚えている。抜けるように青い空を背に、君の白いワンピースが、泣きたくなるほどに眩しかったことを』
・麦藁帽
ゲーム内アイテム。正式名称《夏のいたずら》。攻撃を受けると低確率で装備から外れてしまうが、特定の組み合わせで装備することで防御力を大幅に高めることができる。夏のイベント限定で入手できた。
『待って! ああ、待って! それは風にさらわれた帽子を追う声だったのだろうか。それとも。いや、やめておこう』
・《勇魚の皮衣》
ゲーム内アイテム。夏限定イベントで登場する特殊なMobから確率でドロップする。水中活動が可能になる。
『勇魚の皮を羽織れ、海に挑め。その先に挑むべきものがあるのだから』
・《魅惑のマーメイド》
ゲーム内アイテム。夏限定イベントで登場する特殊なボスから低確率でドロップする。女性専用装備。水中活動が可能になる。名前のわりにパレオでナマ足が見づらいのではという意見もあった。
『夏、海、そして水着。なぜだろう。たったこれだけでぼくらは限界を超えられるのだった』
無事海賊を撃退した紙月たち一向。
あとはそう、バカンスだ。
船が予定よりも早めに帰港して、そのぼろぼろの惨状を見せつけるにあたって港では何事かと大いにざわめいたものだった。
プロテーゾが海賊船の残骸を港に広げて見せ、また森の魔女こと紙月とその盾の騎士未来を並べて海賊退治の報をぶち上げると、ざわめきは大歓声に代わり、あちこちで日も高いうちから酒瓶を開ける音が響き始めた。景気のいい船主などは、酒の樽を開けてもいる。
海賊騒動は、目には見えぬようでいて、港の人々の心中に深い不安を落としていたのだろう。
海賊を見事仕留めたプロテーゾとその商社は大いに褒め称えられ、不死身のプロテーゾまたも生き残ると大いにはやし立てられていた。
そして脚色も華やかに尾ひれも背びれも胸びれも、なんなら尾頭までついた森の魔女の海賊退治の物語は、その日のうちにハヴェノの町中に広まった。ハヴェノの町中に広まるということは、一週間以内には、街道でつながる全ての町に森の魔女の偉業がさらに頭を二つか三つ増やして伝えられるということであったが、これに関しては、紙月たちはもうあきらめることにした。
未来は鎧を脱いでしまえば盾の騎士の面影などないし、そんな未来を連れている紙月も、衣装を黒尽くめから少し色合いを変えてしまうだけであっという間に町並みに紛れてしまう。ましてうわさ話にかけらも出てこない、むくつけき斧男二人がお供についているとなれば、これはもう誰も本人とは思わなかった。
白のワンピースドレスに麦藁帽という、そのあたりに何人もいそうな変哲もない服装は、ともすれば人込みに紛れて数秒もすれば見失ってしまいそうなほどにありふれたものであったが、スカートを翻してどうだ似合うかと笑う紙月に、未来はそっと小首をかしげたのだった。
「いっそ男物買えばよかったんじゃないの?」
「うーん」
街中なのだし安全だろうと未来は思うのだけれど、紙月はいまだに装備品の数値にこだわるのだった。この田舎から出てきたばかりのような服装だって、立派なゲーム内装備である。
「仮にの話なんだが」
「なあに」
「お前が攫われても俺は心配しない。お前を傷つけられるやつが想像できん」
「ちょっとひどいんじゃないそれ」
「まあまあ。だがおれは自分が攫われる姿は容易に想像できる」
「自信満々に」
「そうなるとお前に迷惑をかけるので、せめてもと自衛しているわけだ」
「成程」
紙月はそう言って、さあ海遊びでもしようかとさっさと浜へ歩き始めるのだが、上機嫌そうなその後ろを歩きながら、未来は小首をかしげるのだった。
「本当はちょっと楽しくなってない?」
「……ちょっとだけ、な」
舌を出して笑う姿は成程魅力的だった。
海開きはもう済んでいるということで、浜には多くの観光客が集まっていた。泳ぐ者もいるし、浜を駆けまわるものもいるし、蔦のようなものを編んだ球で遊ぶ者たちもいるし、そしてまた最大勢力はかまどに網を広げて肉を焼く勢力だった。
「バーベキュー見てるとアメリカンって感じがする」
「文化的には一応ヨーロピアンっぽいんだけどなあ」
人々はみな水着姿だったが、その水着一つとってもスタイルに大きく幅があった。首元から足元まで覆う全身型のものもあれば、ほとんど局所しか覆っていないようなものまであり、文化が妙にごちゃ混ぜになっているような光景である。
「普通こう、もっとみんな似たような感じになるんじゃないのか……?」
「水着に関しちゃ、帝都が毎年新しい意匠を考えちゃ広めてるんでさ」
「それで流行り廃りが激しいから、ああやっていろんな水着が出回ってるのさ」
「デザイナーってのはどの世界でも……」
そういうハキロとムスコロは、昔ながらというか、手入れも簡単だというふんどしのようなスタイルである。これがひょろい優男なんかだとみっともないが、筋骨隆々の二人は実によく似合っていた。ただし見ていて楽しいというものでもなかったが。
未来はゲーム内アイテムの《勇魚の皮衣》と呼ばれる、トランクスタイプの水着を身に着けていた。これは装備していると水中での活動が可能になるというもので、水中ステージに挑むにあたって必須のアイテムだった。ただ、未来がフル装備で挑んだ場合、鎧の上にトランクスタイプの水着を履くという大変シュールな絵面であったが。
そして紙月はというと、ビキニタイプの水着にパレオを巻き、麦わら帽子をかぶった夏らしい装いだった。この水着もゲーム内のアイテムであり、その名も《魅惑のマーメイド》という。未来の装備と同じく水中での活動が可能になるほか、異性の敵に魅了効果のある装備だった。
現状でこの異性に当たる部分が一体何に当たるのかは不明であったが、すくなくとも筋肉ダルマ二人は男とわかっていながらも目をそらせずにいたし、そして未来は、その二人のすねを蹴りつけていた。
「未来は意外と筋肉ついてるんだな。お、水着にしっぽ穴付いてる」
「動物学的な観察をどうも。……紙月、とっても似合ってるよ」
「え? お、おう。なんだか恥ずかしいな……あんがとよ」
日差しは強く、白い砂浜の照り返しは暑い。
だが風は心地よく、潮の香りが異国を思わせた。
夏はまだ、始まったばかりだった。
用語解説
・白のワンピースドレス
ゲーム内アイテム。正式名称《あの夏の思い出》。女性キャラ専用装備。特定の組み合わせで装備することで防御力を大幅に高めることができる。夏のイベント限定で入手できた。
『今も僕は覚えている。抜けるように青い空を背に、君の白いワンピースが、泣きたくなるほどに眩しかったことを』
・麦藁帽
ゲーム内アイテム。正式名称《夏のいたずら》。攻撃を受けると低確率で装備から外れてしまうが、特定の組み合わせで装備することで防御力を大幅に高めることができる。夏のイベント限定で入手できた。
『待って! ああ、待って! それは風にさらわれた帽子を追う声だったのだろうか。それとも。いや、やめておこう』
・《勇魚の皮衣》
ゲーム内アイテム。夏限定イベントで登場する特殊なMobから確率でドロップする。水中活動が可能になる。
『勇魚の皮を羽織れ、海に挑め。その先に挑むべきものがあるのだから』
・《魅惑のマーメイド》
ゲーム内アイテム。夏限定イベントで登場する特殊なボスから低確率でドロップする。女性専用装備。水中活動が可能になる。名前のわりにパレオでナマ足が見づらいのではという意見もあった。
『夏、海、そして水着。なぜだろう。たったこれだけでぼくらは限界を超えられるのだった』