異界転生譚シールド・アンド・マジック

前回のあらすじ
無事地竜を倒した一行。
問題はこれをどうするかだが。





「さて。とりあえず試験は済んだけど、これどうしましょうかね」
「俺が聞きてえよ……」

 無事豚鬼(オルコ)の討伐証明は得られたが、問題は地竜の方である。

「見なかったことにするってのは?」
「そうしてえのはやまやまなんだけどよ、地竜速報ってのがあるんだ」
「速報」

 ハキロの語るところによれば、地竜というものは魔獣というよりもはや天災として数えられているらしく、それを発見した場合は速やかに情報を共有することで、現在地竜がどのあたりにいるか、どの程度の速度なのかをもとに避難警報を作り、どうしようもなく避難が不可能な要所であるとかの場合を除いて、逃げの一手であるらしい。
 またこうして地竜の情報を共有することで、今後地竜の通るルートの予想や、地竜の発生ポイントなどを予想するらしい。

「幼体とはいえ、こんなに人里に近づいているってのはマジでヤベえんだ。むしろ幼体ってのがヤベえ。なにしろどっか近いところで孵化したってことだからほんとヤベえんだ」

 動揺のあまり語彙力が死亡しているハキロに詳しく聞いたところ、つまりこういうことであるらしい。

 幼体を発見したということは、卵が孵化した地点が近いということである。地竜が一度に卵をいくつ産み、そのうちいくつが孵化するのか、孵化するとしてそれまでにどれくらいかかるのか、また卵は地竜自身が暖めるのか、それとも放置しているのか、そのあたりはあまりにも危険な生き物なので研究が進んでいないようだが、最悪を想定すればいくつかの卵がすでに孵化して、近隣へと幼体が足を伸ばしている可能性があるのだ。

「だから急いで報告しなきゃなんねえんだけど、こんなもんどう報告しろってんだよ……」
「素直に報告するほかないんじゃ……」
「新人二人が地竜の幼体を見つけて倒しちまいましたってか? 頭がおかしくなったと思われるぜ」

 二人は顔を見合わせた。
 地竜というものの脅威がいまいちわかっていないのだが、今のちょっとしたボスクラスの敵がただの()()なのだとすれば、大人の地竜がどれくらい危険なのかは想像がつく。
 いわばこれは、冒険に出たばかりのひのきの棒装備で四天王の一角を崩したくらいの衝撃なのだろう。たとえが正しいのかどうかを確認できる相手はこの世界には存在しないのだが。

 三人はしばしうなり、そして紙月がふと思いついた。慣れようと思って豚鬼(オルコ)の耳を革袋越しに触っていた時のことである。

「討伐証明はどこなんです?」
「はァ?」
「地竜の討伐証明」
「そんなもん知るわけねえだろ、討伐したなんて話聞かねえぞ」
「じゃあどこでもいいから、それっぽい部分持っていけば証拠になるんじゃ?」
「…………なると思うか、あれ?」
「……見る人が見てくれれば」
「だよなあ」

 なにしろ、丸々一体ほぼ無傷で残っているとはいえ、普通の戦闘とは思えぬ衰弱死した状態である。
 これは、戦闘の末に倒したと説明するより、つまみ食いした豚鬼(オルコ)が悪性の寄生虫でも腹に飼っていて、それに感染した結果腹を下して衰弱死したと言われた方がまだ納得できるだろう。

「うー、でも、それしかねえもんな。よし、俺も精いっぱい説明するから、お前らも頼む」
「わかりました。信じてもらえねえと、地竜の被害が拡大するかもしれねえんでしょ?」
「そうだ。最悪、もうすでに被害が出てるかもしれねえから、急がねえとな」

 三人はしばし地竜の体を検分して、やはり一番わかりやすかろうということで首を持っていくことにした。牙や爪だけでは信用されないかもしれないが、首となればさすがに一個体がいたということは説明できるだろう。

 切り落とすにあたっては未来が首を掴んでいっぱいに伸ばした状態で、ハキロが斧を振り下ろしたのだが、衰弱死してもなお地竜と言ったところか、所詮最下級冒険屋と言ったところか、斧の方が、欠けた。
 仕方がなく今度は紙月が強化魔法をかけて試してみたところ、今度は欠けなかったものの、弾かれる。いよいよもって三十六連強化魔法という大人げなさを発揮して何度となく切りつけて、ようやく首を切り落とすことに成功したものの、これには一同、安堵するよりも恐怖した。

「物理攻撃ほぼ効かねえんじゃねえのかこいつ」
「普通は軽い魔法も弾くらしい。お前の特殊な奴だからどうにかなったんだろうな」
「子供でこれってことは、大人は手に負えないんじゃないの?」

 顔を見合わせたが、いい色は見当たらなかった。

 一行はとにかく急げと首を抱えて、抱えようとして、なんとか未来が抱え上げたもののまともに歩けたものではなく、難儀した。

「一旦インベントリ入れねえか?」
「そうだね」

 ゲーム脳の二人が獲得アイテムとしてインベントリに放り込むと、ハキロは目を丸くした。

「《自在蔵(ポスタープロ)》か? それにしたってすげえ容量だな。それにどこに……?」
「あー、企業秘密ってことで」

 ともかく嵩張らなくて済んだが、ハキロはしばらく、重さは変わらないはずなのだがと首を傾げながら、それでも無理に納得しながら、馬車に辿り着くや走らせ始めた。それどころではないのである。
 そして困惑していたのは二人もであった。

「紙月、良く歩けるよね。いつも重量ぎりぎりなのに」
「それが、どうもこの首、重量値が設定されてないっぽいんだよな」
「どういうこと?」
「そもそものゲーム内アイテムはほら、重量値とか、説明とか出るだろ」
「うん」
「でもこの首は何にも書いてねえんだよ。この世界のものは設定がついてないのかもしれん」
「……誰の?」
「誰のっていうか、何の、設定なんだろうなあ」

 《エンズビル・オンライン》においては、全てのアイテムに重量値が設定されていた。そしてそれは、プレイヤーキャラクターの力強さ(ストレングス)生命力(バイタリティ)から算出される所持限界量までしか持ち運べなかった。限界に近付けば移動速度に制限が付き、限界以上には持つこともできない。そういう制限があった。
 この世界ではそれに類する制限がない、もしくは忘れられているのか。或いは面倒臭かったのか。
 誰が? 或いは何が?

 紙月たちをこの世界に連れてきた何者かなのだとすれば、それは本当に、何者だというのだろうか。

「……丸々持ち運べたんじゃ」
「えっ」
「地竜の体さ、丸々持ち運べたんじゃないか?」
「あっ」
「かといって今から戻ってくれとも言えねえし、それにさっきのでも大分驚かれたから、今後は自重しねえとな」
「《自在蔵(ポスタープロ)》っていったっけ。アイテムボックスみたいなものかな。今度どんなものか確認しないとね」

 そんなことよりもプレイヤーにとっては目下の現実の方が大事なわけだが。

「おい、二人とも! ちょっと近くの村に寄ってくぞ!」
「急ぎじゃないんですか?」
「急ぎは急ぎだが、こっちも急ぎだ!」

 馬を駆るハキロが説明するところによれば、近くで地竜の幼体が見られたからには、近隣の村にもすぐに出るかもしれない。だからここで説明して、村同士で連絡を回してもらおうということだった。

「それも速報ですか?」
「んにゃ、だが少しでも被害は減らさにゃならんだろ!」
「よしきた!」

 その返事を紙月は気に入った。

「馬よ急いでくれ、疲れは気にしなくていいぞ!」
「おう、なんだ!?」
「《《回復(ヒール)》》! 《回復(ヒール)》! おまけに《回復(ヒール)》!」

 馬車を引く狗蜥蜴(フンドラツェルト)たちは、全身を包む光の温もりに見る間に元気を取り戻し、疲れなどないように駆け続ける。

「お前回復魔法まで使えるのか!?」
「一番簡単なのだけね!」

 そう、一番簡単な物だけ。ただし、それを全ての魔法に渡って覚えている。《エンズビル・オンライン》において《魔術師(キャスター)》が覚えられるすべての魔法の最下級《技能(スキル)》を余さず覚えている。

 千知千能(マジック・マスター)

 それこそが紙月の強みにして、イカレているとたたえられた《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》としての本質。

「よし、この調子ならどこまでも飛ばせるぜ!」

 ハキロの駆る馬は瞬く間に村に辿り着いたが、村の反応は芳しくなかった。
 というのも、農村の人間というのは大地にすがって生きているものだからだった。見えもしない、来るかどうかもわからない脅威に備えてくれと言われても、ましてやそれが余所者の冒険屋からとなれば、とても聞けた話ではない。
 これが地竜の被害に遭ったことのあるものが一人でもいれば話は違ったかもしれないが、地竜などというものは、本当に滅多にないから天災なのだ。

「コメンツォさんはいるか!」

 しかしここで顔なじみがいるのが助かった。
 村人は早々に二人の顔、正確には一人の顔と一人の鎧姿を忘れるほど薄情ではなかったし、二人から受けた恩をしっかり覚えていた。

「森の魔女様だ!」
「お連れの騎士様もおるぞ!」
「どうした、どうした」
「おお、コメンツォさん!」
「やあ、どうした、もう帰ってきたのか!?」

 コメンツォに訳を話すと、最初はいくら何でもと肩をすくめたが、証拠の地竜の首を見せると、すぐに顔色を変えた。

「小さいが、確かに地竜だ」
「わかるのかい?」
「以前一度、避難誘導で近くまで行ったことがある。これは恐らく幼体だろうが、よくもまあ」

 コメンツォはすぐに村長にこれを話し、村長はすぐに村全体に注意を促した。また足の速いものを集めて、近隣の村にすぐにも伝えてくれた。
 地竜はこちらから手を出さなければ追いかけてはこないが、腹が減れば足も速くなるし、進路上にあるものは何でもお構いなしだ。畑であろうと、家畜であろうと、人であろうと、建物であろうと、容赦はない。迂闊に手を出していいものではないし、隠れるよりも、逃げる方が賢明だ。
 もし怒らせれば、あのブレスがあちこちを焼き尽くすだろう。

 迅速な対応に助かったとはいえ、

「いいか! 森の魔女様のお達しだ! 必ず伝えろ!」
「魔女様に誓って!」

 この呼び名には、参った。





用語解説

・強化魔法
 正式名称《強化(ブースト)》。使用した対象の攻撃力をシンプルに底上げする魔法《技能(スキル)》。《魔術師(キャスター)》は自身に使っても大したことがないので、仲間の支援に使うのが普通。重ねがけが効くが、持続時間と《待機時間(リキャストタイム)》を考えると、素直に上位のスキルを使った方が効率は良い。
『《強化(ブースト)》は使い過ぎると感覚を狂わせる。強化された強さを自分の本当の強さと勘違いしてはならん。特に年取ってからはな。おー、いてて』

千知千能(マジック・マスター)
 すべての魔法の一番最初等のものを網羅しているという無駄の極み。ただしこれに三十六重詠唱(マルチキャスト)がつくと「不具合」「公式の敗北」呼ばわりされる破壊力を誇る。
 もっとも、最初等魔法のみで多重詠唱(マルチキャスト)を三十六個揃え、レベルを最大まで上げ、有効活用できる装備を揃え、という苦行を考えると、最初から普通に育てたほうが普通に強いが。

前回のあらすじ
森の魔女とその騎士の威光をもって、地竜速報は成った。
後はこれを本物と認めてもらうだけだが。





 冒険屋事務所では、これほどうまくはいかなかった。

「地竜ゥ? 馬鹿言ってんじゃないよ」
「おかみさん、嘘じゃねえんで」
「地竜なんざ一生に一度遭うかどうかの災害じゃあないか」
「その一度が今なんですって!」

 所長のアドゾはまだ、これでもよいほうだった。広間にどんと晒された首を検分して、よくはわからないが、わかるものがいるかもしれないと組合に伝書鷹(レテルファルコ)を飛ばしてくれた。
 これは生き物を使った連絡方法としては一等速いもので、どこにでも置いてあるものではない魔法の連絡道具を除けば、まずこれ以上速いものはない。飼育にかかる費用から賃料も高いが、これを迷うことなく即座に飛ばしたことは、アドゾの冒険屋としての高い判断能力にあると言ってよい。

 一方で、事務所に所属する荒くれ者たちはみな半信半疑だった。というよりも疑いの目の方が強く、信じると言ってもそれは地竜災害を信じる目ではなく、ハキロが嘘を吐くものではないという目である。

「一から、いいから一からお話し、ハキロ」
「へえ、まず朝起きましたら新人が入ったとかで」
「もっと後からでいい」
「へえ、それが、俺達ゃ、揃って森に入ったんでさ」

 ハキロは拙いながらも、順を追って事情を話した。
 ところどころ紙月と未来が補足を入れようとしたが、それはおかみのアドゾに目で止められた。
 緊急時とはいえ、報告というものはこれは冒険屋として必要な技能を育てることでもある。まともに報告の出来ない冒険屋は誰にも信用されることがないし、また自分でも自分の見たものをうまくまとめることができないから、危険に対応する能力が育たず、早死にする。

 アドゾから何度か質問はされたが、ハキロは何とかそれらに丁寧に答え、説明し終えた。

「ふーむ」

 報告の体裁自体は、いたって問題がなかった。基本を押さえているし、わからないことは素直にわからないというし、いくらか言葉が足りないところはあったが、言葉を多く足すということもなかった。
 問題はその中身である。

「幼体とはいえ、地竜と戦ったって?」
「へ、へえ、俺は何にもできなかったんですが」
「何にもしなくて良かったんだよ馬鹿もん!」

 アドゾの雷が落ちた。

「地竜と戦うなとは、ハキロは言わなかったかい」
「言われました」
「ならどうして戦った」
「世話になった村がありました。だから」
「馬鹿もん!」

 再び、雷が落ちた。

「御立派な事だがね、それでお前さん方がやられちまったら、誰が村に危険を伝えたんだい!」
「は、ハキロさんが」
「ハキロがそう言ったのかい」
「いえ」
「人が言いもしないことをてめえで受け持つんじゃないよ!」
「はい」
「まあともあれ、だ。地竜であるにせよ、ないにせよ、お疲れさん」

 雷が落ち着くと、場は少し、弛緩した。

 冒険屋の荒くれどもはみなおっかなびっくり、あるいははなから偽物と決めつけるように地竜の首を改めていったが、何しろ誰も本物を見たことがないものだから、そうだともそうでないとも、断言できる者はいなかった。

 しかし場はどうにも疑いの目が強かった。
 というのも、首の状態があまりにも悪かったからである。

「なんだいこりゃ、まるでミイラじゃないか」
「かさかさに乾いちまってらあ。血も出やしねえ」
「仮に地竜だとしても、もう死んでたのを持ってきただけじゃあねえのか?」

 口々に言うのは、特に体の大きな若い連中である。見せつけるように腕も太い連中で、血の気の荒さが肌に透けて見えるようである。
 一方で口数も少なく、物思うような目をしているのはある程度歳のいった冒険屋たちで、彼らはすっかり信じるというようなこともなかったが、偽物と決めつけることもなく、むしろどうやったらこうなるのかということを思いあぐねているようだった。

「おい嬢ちゃん」
「紙月です」
「まあいい、嬢ちゃんよ、ハキロの胡散くせえはなしによりゃ、あんたが一人でやっつけたそうじゃないか」
「俺一人じゃないですよ。未来が盾になってくれて」
「盾は盾だろ。実際にとどめ刺したのはあんたなんだろ」
「……まあ、そうです」
「まあ、そうですだとよ」

 若い冒険屋たちの間でどっと笑いが起きた。
 何がおかしいのかといぶかしむ紙月に、男は酒臭い息を吹きかけた。飲んでいるのだ、昼前から。

「おう、本当のことを言えよ」
「本当のことって何です」
「地竜なんざホラなんだろ」

 男にとって、それは自明のことであるようだった。男よりもずっと細身の、それこそ半分もないような細っこい女が、地竜だか、大亀だか知れない魔獣を倒してしまうなどというのは、夢物語どころか悪質な()()()なのだ。

 紙月は面倒になってそうだ、嘘だよ、だからもう放っておいてくれと言いたくなったが、それはできなかった。それは現状で唯一信頼できる冒険屋であるコメンツォと、ハキロの二人が重ねて言ったからである。どれだけ信じられなくても、自分のやった功績に嘘をついてはいけないと。一度でも嘘だったと言えばもう誰も信じてくれなくなるし、何より自分でも信じられなくなる。そしてそうなればもう功績の方から冒険屋に背を向けるのである。
 紙月はからまれているうちに冒険屋としてやっていく気がだんだんなくなってきていたが、それでも名誉ある二人の男のためにも、少なくとも地竜退治の功に関して何ら後ろめたいところなどないのだという顔をしなければならなかった。

「全部ハキロさんの言ったとおりですよ」
「ハキロにそう言えって言われたのかい」
「なんですって?」
「ハキロの野郎に、すり合わせろ、そう言えって言われたのかって聞いてるのさ」

 紙月はまじまじとこの男の顔を見つめてしまった。酒に酔った鼻は真っ赤で、錆色の目は色だけでなく芯まで錆びついているように思われた。ひげはワイルドでも気取っているのかぼうぼうと生え散らかしているが、ハキロのそれが若い顔に浮きながらもしっかりと手入れされたものであるのとは大違いだった。
 その筋肉の太さを見せつけるようにこれ見よがしに腕を組んでいて、それは確かに、紙月の細いウエストよりも立派かもしれなかったが、風呂にも入っていないらしい薄汚い脂に汚れたそれは太さばかりのものにしか見えなかったし、第一すぐそばの未来の見上げるような甲冑を前にしてみれば、ネズミが尾を立ててふんぞり返っているようでさえある。

「生憎とハキロさんはあんたみたいに薄汚いことは言わないよ」
「なに!? もういっぺん言ってみろ!」
「地竜みてえにされたくなけりゃその薄汚え口を」

 最後まで言わなかったのは、それよりさきに男の平手が紙月の頬に見舞われたからである。

「――紙月にッ!」

 それまで黙っていた未来がいきり立ったが、紙月はこれを制した。大したダメージではない。唇の端を切ったがその程度で、いきり立ってもハイエルフのひ弱な体にその程度のダメージしか与えられない相手だ。そんな相手を《楯騎士(シールダー)》とはいえレベル九十九の未来が殴りつけでもしたら、一発で昇天しかねない。
 なんにせよ、頭の中身も、体の方も、大した相手ではないのだ。そんな相手に騒ぎを起こしても損しかない。ハキロの名誉を思って口は出したが、それ以上はよろしくない。

 しかし相手はそんな紙月の態度を愚かにも怯えと受け取ったようだ。

「へっ、お高くとまりやがって。怖いのか? 震えてるんじゃねえか?」
「酒が回ってるんだろ」
「はん、そっちのでけえのも大したことねえな。そんななりして、こんな細っこい女の一言でしゅんとしおらしくしちまってよ。去勢された狗蜥蜴(フンドラツェルト)だってそこまで玉無しじゃあないぜ」
「おい、あんた、それ以上未来に下品な事を言ってみろ」
「おう、どうするってんだ、え? なんだ、言ってみろよ! 犬っころの騎士様もどうした! 玉まで縮こまっちまったか? ベッドで嬢ちゃんに股開いてもらって優しく面倒見てもらわねえと」
「言ったはずだぜ」

 ぼん、と爆ぜるような音に、浮足立ったような事務所の中がしんと静まり返った。
 先程まで調子に乗って長広舌を披露していた男も、一瞬で酔いがさめたように目を白黒とさせていた。それもそうだ。誰だって自分の頭髪が一瞬にして焼け焦げていれば、そうなる。

「言ったはずだぜ。それ以上未来に下品な事を言ってみろ」
「て、てめえ、なにを、」
「紙月、それ以上は駄目だ!」
「子供に下らねえこと言ってんじゃねえぞこのドサンピンがッ!!」
「ししし紙月っ!?」
「――《燬光(レイ)》!」

 咄嗟に男が腰の斧を引き抜いた瞬間、紙月の指先が光った。光ったと思えば、その瞬間には男の斧に閃光が突き刺さっていた。

「おあっちっ!?」

 がん、と音を立てて斧の刃だけが床に突き立った。閃光のあまりの熱に、斧頭がすっかり溶け落ちてしまったのだった。

「俺のことを何と言おうが構わねえがなあ、人様の相棒にケチつけるんだったらそれ相応は覚悟しろよ、この筋肉ダルマが!!」
「紙月、紙月ダメだってそれ以上は死んじゃう!」
「死なす! こいつは死なす!」
「駄目だってば!」

 騒ぎは結局、それから都合三度の《燬光(レイ)》が事務所内を切り刻み、それでもびくともしないことで地竜の首の頑丈さが証明されたあたりでおかみのアドゾが出張って落ち着いた。

「母猫みたいな気性の荒さだね、全く」
「フシャーッ!」
「ほら、あんたが押さえつけときな」
「は、はい」

 冒険屋事務所は、さすがに荒くれの集いだった。若い集団は目に見えて狼狽していたが、中堅どころはむしろいい余興と楽しんでいる節さえあり、流れ弾を避け損ねて火傷したのも、若い連中ばかりだった。ハキロなどは即座に地竜の首を盾にするほど、紙月の恐ろしさを身にしみてわかっていた。
 その荒くれをまとめるアドゾは《燬光(レイ)》を気軽に避けて近づき、しなやかに紙月の首根っこを掴むや未来に放り投げてしまった。

 《燬光(レイ)》の流れ弾でやけどしたものは何人かいたが、これは紙月が落ち着いたあと、《回復(ヒール)》をかけて謝罪して回り、良しとした。
 罵詈雑言を吐いて斧を焼き切られた男、ムスコロと言ったが、この男は若いものの中では手が早い方であったが、同時に頭の良い方でもあった。つまり即座に土下座して媚び諂い、許しを乞うことに何らの気兼ねも持たなかった。

「……あんた、矜持(プライド)とかないの?」
「命あっての物種だあ!」
「清々しいほどの屑だな……」

 この男にも、別段、今回の件以外で含むところもないし、髪の毛も焼き切り、斧も破壊してしまったこともあり、これで手打ちとした。さしもの紙月も、土下座までして謝罪してきたものに追い打ちをかける気はない。
 ムスコロはその後、中堅どころから馬鹿め馬鹿めと大いに叩かれていたが、これは阿呆な犬ほどかわいいといった可愛がり方のようである。よくよくしつけてくれと頼むと、快諾の声と悲鳴が上がった。

 残りの若い連中は、先程まではやはり侮るような視線があったのだが、この盛大なデビューにはむしろドン引きしたらしく、新入りであるにもかかわらず姐さん兄さんと呼ばわれる羽目になるのだが、それはまた後の話。

 組合の冒険屋をのせた早馬が事務所に着いたのは、その日の夜更けのことである。





用語解説

伝書鷹(レテルファルコ)
 ある程度の大きさの街や宿場町には必ず存在する飛脚(クリエーロ)屋が所有する、生物としては最速の郵便配達手段。使用される鷹は餌代もかかるので配達費用はかなりのものだが、空ではまず敵なしの鷹を飛ばすため、速度・安全性共に抜群である。

・《燬光(レイ)
 光属性の最初等魔法スキル。閃光を飛ばしてその熱で相手を攻撃する。
 光属性の特性として、「発動した瞬間に当たっている」という描写のためか、極めて命中率が高い。
『《燬光(レイ)》というのは気軽に使っていい呪文ではない。見えた瞬間には当たっている、この恐ろしさがわかるじゃろう。もっともわしにはいくら撃ってもきかんぞ。言い訳を聞いてやるのは今のうちじゃからな』

・ムスコロ(muskolo)
 《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》に所属する若手の冒険屋。三十がらみの人族男性。
 実力はハキロの一・五倍程度。おっさんを数人相手にしても勝てるが、やはりおっさんの群れには敵わない程度。レベルにして二十五くらい。若手集の中では平均レベル。

前回のあらすじ
ひと騒動あったものの、実力は認められた二人だった。





「地竜出現の報があったのはこちらか」

 冒険屋組合から早馬でやってきた二人組に、《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》の一同はざわめいた。
 一人はいかにも冒険屋と言った、革鎧に剣を帯びた男で、荒くればかりの冒険屋事務所と比べるといささか小柄だったが、まるで意にも解さぬ芯の部分の強さが感じられた。
 そしてまた一人は金属の鎧にすっぽりと身を包んだ男で、領地の紋が刻まれているあたり、相当な位にある騎士と思われた。

 事務所の面々が驚いたのはこの二人の姿よりも、まず速さであった。
 伝書鷹(レテルファルコ)を送ったアドゾ本人でさえ、遣いが来るのは明日か明後日、あるいは手紙での確認が来るものと思っていたのである。

「そ、そうさ。あんたらは?」
「西部冒険屋組合のニゾだ。こっちはジェンティロ」
「コローソ伯爵に剣を捧げた、組合付きの騎士ジェンティロだ。よろしく頼む」

 組合付きの騎士!
 この世界の初心者である紙月と未来はともかく、歴戦の冒険屋たちはどよめいた。
 普通、冒険屋組合というものは冒険屋だけでできている。冒険屋の組合なのだから当然のことではあるが、しかし冒険屋というものは無視できない武力集団である。そのため一定以上の大きさの組合、例えば西部冒険屋組合と言った大組合には、監査のためと、そして万が一の為に相互互助を目的として騎士が在籍している。
 普通こう言った騎士はあくまでも名目上在籍しているだけであり、この騎士が出張ってくるというのは生半のことではない。

「まず幼体を討伐したというが、まことか」

 ジェンティロが冷たい声で訪ねる一方で、ニゾが素早く地竜の首に目を付けた。

「どうやら本当のようだぜ」
「検分を」
「あいよ」

 事務所の連中のことなどまるで気にもかけず、この二人組はずかずかと上がり込むや早速首を検めた。
 一抱え以上もある巨大な首を前に騎士ジェンティロは黙して腕を組み、冒険屋ニゾは顔色一つ変えず素早く改めた。

「奇妙な死体だ」
「何がだ」
「衰弱しているが、真新しい」
「吸精術か」
「恐らく」

 ニゾはすっくと立ちあがると、一同をぐるりと見まわして、それからすぐにずかずかと紙月に歩み寄った。
 ジェンティロがそれにすぐに続き、尋ねた。

「お前か」
「へっ」
「お前だな、地竜をやったとかいう冒険屋は」
「そ、そうです。なんでわかっ」
「様子はどうだった」
「え」
「地竜の様子だ。健康だったか。暴れていたか」
「えーと」
「待て、待て、旦那」
「やってしまったか」
「やっちまってる。もうすこーし落ち着け」
「うむ。で、どうだ」

 どうだ、と早口に聞かれて、紙月は思い出せる限りいちいちを答えた。

「健康ではあった。豚鬼(オルコ)をばりばり食ってた」
「暴れてはいたか」
「いや、やたらめったら暴れた様子はない」
「どうやって倒した」
「えーと、それは」
「企業秘密だとは思うが、ちょいとおっさんたちにだけでもいいから教えてくれ」

 ニゾが奇妙な銀の鈴を鳴らして見せた。途端に、周囲のざわめきが聞こえなくなる。恐らく、そのような魔法の道具なのだろう。

「寄生木を操る魔法がある。それを山とかけてやって、吸い殺した」
「どうやって押さえ込んだ」
「相方がやった」
「ぼくです。ぼくが、盾の結界を張れますので、それで」
「盾の結界? 魔法か」
「一応」
「ふむ。幼体とはいえ、地竜を押さえ込むか」
「で、ブレスが来て」
「ブレス? ブレスとはなんだ」
「えっと、こう、がおーって」
咆哮(ムジャード)のことだな。耐えたのか?」
「かなり衰弱してましたから、なんとか」
「ふーむ。それで」
「それで、相手は衰弱死しました」

 何度か質問があったが、おおむねこのように話はまとまった。

「その寄生木の魔法というものは、見せられるか」
「かける相手がいないと」
「私にかけてみてくれ」
「ええっ」
「大丈夫だ。この旦那は地竜相手の専門家なんだ」

 その理屈でいえば怪獣の専門家は怪獣とタイマンできることになるのだが、と思いながらも、しかし、この世界のベテランの冒険屋の実力を試す機会でもある。
 紙月は一応《回復(ヒール)》の準備をしながら、気持ち弱めでと念じながらショートカットキーを押した。
 すると紙月の指先からふわりと緑色のふわふわが出てくる。

「まて、呪文はどうした?」
「えっ?」
「無詠唱でできるのか」
「ええ、まあ」
「まあいい。それで、これがか」
「はい、これを、どこがいいかな、指先にでも」
「むっ」

 騎士ジェンティロの指先に振れたふわふわは、すぐに中から鋭い根を伸ばし、甲冑の隙間から突き刺さった。

「ほう……ふむ」
「どうだ、旦那」
「拍動するように、私の血を吸っているな。何秒ほど持つ?」
「一秒間隔で十回吸うから、十秒ってとこです」
「これを何度見舞ったのか」
「えーと、三十六かけるの、」
「待て、なんと?」
「三十六かける」
「一度に三十六かけられるのか」
「はい」

 さしもの騎士ジェンティロも頭痛を抑えきれない顔をし始めたが、それでもなんとか堪えた。

「それで都合何度かけたのだ」
「三十六かけるの五十くらいだったかな」
「せ、千八百だと」
「そのくらいですかね」
「う、うむ、いや、地竜相手なのだから、その位は必要なのだろうが、うーむ」
「この堅物をそこまで悩ませるのはあんたが初めてかもしんねえな」
「止めろニゾ、御婦人に要らぬ口をきくな」
「あ、男です、俺」
「…………なに」

 騎士ジェンティロの、その日一番驚いた顔だった。
 ニゾは少し驚いたようだったが、むしろ相方の驚き具合に笑っている。

 ともあれ、二人組は検分を終えたようだった。
 紙月が《回復(ヒール)》をかけるとまた驚いたが、驚きはもう飽和気味のようだった。

「この首が地竜のものであることは確かである。またつい先ごろ討ち取られたのも間違いなさそうだ」

 事務所の一同の中にわずかに残っていた疑念もこれで払われ、おお、とどよめきが上がった。

 騎士ジェンティロと冒険屋ニゾは、組合からすぐにも人員が来るが、とにかく急ぎであるから事務所の人間を徴募したいと告げた。一大事であるから、断るようなことがあれば組合から軽い処罰は覚悟するようにと告げられたが、このようなお祭り騒ぎにのらぬ冒険屋は、《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》にはいなかった。
 まして、特別報酬が組合の名に確約されれば、断るはずもなかった。

 その晩のうちに一行は森の現場へとたどり着き、改めて地竜の巨大さにわなないた。そしてその破壊された森の奥、その先に突き進むこと一週間ほどで、未確認の地竜のものと思われる産卵の跡が発見された。つまり、二つの孵化した卵の殻と、一つのまだ割れていない卵とが見つかった。これは大きな発見だった。
 騎士ニゾはすぐに孵化したもう一体の地竜の針路を確認し、騎士ジェンティロは法術をもって残された卵を封印し、研究のため帝都へと送ることになった。

「しかしこれって、こんな卵から、はやけりゃ一週間であんな大きさになるまで育つってことですか?」
「かもしれんし、孵ってすぐはそこまで動かないものなのかもしれん。まだわからんことが多いのだ」

 手早く作業を終えて仕事を片付けていく冒険屋ニゾと異なり、騎士ジェンティロは研究肌のようで、じっくりと現場を検分していた。

「地竜、お好きなんですか?」
「好きというわけでは……いや、好きなのかもしれんな。危険ではあるし、面倒ではあるが、力強い生き物だと思う」

 男の子が怪獣を好むのと同じなのだと思う、と紙月と未来はこの堅物の騎士になんだか妙なシンパシーを覚えるのだった。

「この卵は帝都に送ることになるが、もう一体はどうしたものかな。まだ小さいうちであれば、退治するか、可能であれば捕獲したいところだが」
「捕まえられるんですか?」
「現状、実例はない。しかし辺境領では飛竜を飼いならした実例があると聞くからな。あれは卵からだが」
「成程、浪漫がありますね」
「浪漫……うむ。良い響きだ。その折には、頼むぞ、シヅキ、ミライ」
「えっ」

 首を傾げた二人に、騎士ジェンティロの方が訝しげにして見せた。

「地竜殺しの実績をもつ冒険屋だ。盾の騎士と魔女よ。頼らぬわけがあるまい」

 冒険屋。
 その言葉は、この世界に迎え入れられたような、不思議な響きをもって二人の胸に去来するのだった。





用語解説

・西部冒険屋組合
 冒険屋の組合は、町単位のものから順に大きくなっていくのだが、そのうち帝国を東西南北中央辺境の六つに分けたものの一つが西部冒険屋組合である。
 《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》も大きく言えばここに属する。
 領地をまたいだ非常に大きな組織であり、此処の直属ということはかなりの実力者か権力者である。

・ニゾ(Nizo)
 西部冒険屋組合直属の冒険屋。四十台の狼の獣人(ナワル)男性。
 相棒の騎士ジェンティロと組んで、地竜を専門にして活動している。
 レベルにして七十前後。地竜も幼体ならばなんとか対処可能なレベル。

・ジェンティロ(Ĝentilo)
 西部冒険屋組合付きの騎士。三十台の人族男性。
 西部の筆頭領主であるコローソ(Koloso)伯に剣を捧げている。
 レベルにして六十五程度。実力もあるが、それ以上に地竜に関する知識に富んでいる。

・奇妙な銀の鈴
 正式名称《静かの銀鈴》。これを振ると、一定時間一定範囲内の音を外部に漏らさない結界が鈴を中心に発生する。人間の手で作れる範囲内の魔道具であるが、相当高い。

咆哮(ムジャード)
 竜種が用いる攻撃方法の一つ。大量の魔力を風精などに乗せて吐き出す攻撃で、竜種が持つ最も威力の高い攻撃手段である。

・呪文
 普通、魔術師は小声であれ、呪文を詠唱する。
 呪文に定型はないが、自分に、そして精霊に言い聞かせるのに必要とされるからだ。
 無詠唱は一段高い技術が必要とされ、本職の魔術師でもなかなか見ない高等技術である。

前回のあらすじ
冒険屋として認められ、この世界に馴染んでいく二人。
ファンタジー世界で、二人の冒険が今、始まるのか?





 どこかで地竜に飲まれて町が一つ滅んだらしい。
 などという話は今のところ聞こえてこず、あのもう一頭の地竜の痕跡は随分古いものだったようで、追跡は断念されたそうだった。
 地竜はひたすらまっすぐ歩くとはいえ、地形によっても左右されるし、暴れれば進行方向も狂ってくるし、必ずしもこの方角に進んだとは言い切れず、大まかに予想範囲内にある地域に注意が出ただけだそうだ。

 冒険屋ニゾと騎士ジェンティロは地竜の卵を帝都に届けた後は、再び現地での調査に戻るそうで、全く勤勉な話である。

 それでは、地竜殺しの二つ名を得た盾の騎士と森の魔女はどう過ごしているのかと言えば、こちらは閑古鳥と戯れていた。

「…………暇」
「暇だねえ」
「冒険屋ってこんなに暇なのな……」

 この言い方は大変語弊があった。
 冒険屋というものは、基本的に仕事が溢れている。何しろ何でも屋というのが冒険屋の業種であるからして、下はドブさらいから迷子のペット探しや迷子のおじいちゃん探し、上は地竜退治、はそうそうないにしても、中間あたりには害獣退治や魔獣退治といった依頼がいつだってあり触れているものである。
 何しろ人は、とかく面倒事は人にうっちゃってしまいたいものだからだ。

 勿論最初のうちは、紙月も小学生の未来を養ってやらねばならぬと奮起して仕事を探した。ドブさらいだろうとペット探しだろうと、なんだろうとしてやろうと思った。
 しかしそうして事務所に仕事を求めてくれば、まさかの事務所から待ったがかかったのである。

「お前さん、自分がなにしでかしたかわかってないだろ」
「え、なんかしましたっけ」
「地竜退治だよ。地竜退治」
「あれって何かまずかったんですか?」
「そりゃ良かったは良かったんだけどさ、あれのせいでお前さん、一足飛びにうちの看板冒険屋に飛び入りしちまってんだよ」
「はあ?」

 つまるところこうだった。
 森の魔女と盾の騎士様と近隣の村でもてはやされていたところが、今度は地竜などという大物を退治してしまったことで、新人冒険屋から一気に大物冒険屋へと出世してしまったのである。
 依頼料は依頼内容によるから、新人冒険屋が請けようと大物冒険屋が請けようと変わりはしないけれど、いくらなんでも大物冒険屋にどぶさらいなんかさせていては事務所の面子が立たないのである。
 それに、そういった下の方の依頼というものは実力や実績がない連中が下積みとして重ねていかなければならない仕事であり、すでに実力も実績もお墨付きの二人がその仕事を奪ってしまったのでは、下が伸びないのである。

「つったって……いくら実績があっても、仕事がなきゃ食ってけないんですけど」
「この前随分貰っただろう」
「そりゃあ、まあ。でも貯金しときたいですし」
「冒険屋にあるまじき堅実っぷりだこと」
「こっちゃ子供の面倒も見なきゃいけないんですよ」
「こぶつきは面倒だね、お母さん」
「百歩譲ってもお父さんですよ。譲っても!」

 アドゾには心配性だと笑われたが、バイト暮らしの大学生だった紙月にとって、貯蓄がただ減っていく状況というものは全く落ち着かないのである。それが一般的冒険屋の言うところの数年はやっていける報酬が突然飛び込んできた後だとしてもだ。
 数年! それは大きな数字かもしれないが、しかし今も刻一刻とその数年という砂時計は砂を落とし続けているのだ。

 まして、未来は将来ある小学生である。
 本来なら進学すべき中学校のことなどを心配しているころだったというのに、それが突然こんな異世界に放り込まれて、はあガスもねえ、電気もねえ、インターネットも存在すらしねえ不便な環境で過ごさせているのだ。高確率で巻きこんでしまった側だろう、そうでなくとも責任をもって保護すべきだろう大人として、紙月は頑張らなければならないのだ。

 いくら頼り頼られる相棒とはいっても、そこのところは譲れなかった。
 最初の頃こそ自分も自分もと張り切ってくれた未来であるが、ことごとく紙月のブロックが入るために、表面上は諦めたらしかった。勿論、素知らぬ顔の下で虎視眈々と活躍せん時を窺っているのはわかっている。同じ男だ。その見栄はわかる。なので紙月も仕事の点では大いに譲って、盾の騎士に頼ることにしている。

 問題はその仕事がないことだが。

「暇すぎる……」
「遊ぶところっていうのもないしねえ。ハイ、終わったよ」
「よしきた」

 未来が先程から進めていた書き物を寄越すと、紙月は赤縁の眼鏡を仰々しくかけて見せた。もちろんこれはただのゲーム内アイテムで、視力を矯正する効果なんてない。ただの雰囲気作りだ。

「うん、うん……よくできてるな。この調子なら中学校の範囲も大丈夫かな」
「というか紙月こそ、大学生にもなってよく小学校の範囲覚えてたね」
「漢検取るときになんとなく、な」
「ホント多芸だね……」

 今しがた紙月が採点したのは、紙月お手製の漢字ドリルだった。この世界では製紙技術が結構な高みにあるらしく、製本技術に比べて妙に紙が出回っているのである。必要より先に供給が増えているのは不思議だが、有り余っているのはありがたいことと、紙月は様々なドリルを作っては、未来の将来のため学ばせているのである。

「まあ、もう使うかどうかわかんないけど」
「そう悲観的なこと言うなって。気づいたらこんな世界にいたんだ。気づいたら元の世界に戻ってるかもしんないだろ」
「まあ、そうかもしれないけどさ」

 この話題になるといつも未来はナイーブだった。元の世界に帰る当てなんかないということが理由なのか、それとも元の世界に帰りたくないような理由があるのか、それはわからない。紙月にできるのは、いざその時が来た際に、未来がどのようにでも選択できるよう、足場を整えてやることくらいだ。

「んじゃま、漢字はこのくらいにして、こっちの世界の読み書きの練習だな」
「やった」

 比較して、この異世界の言葉の読み書きには未来は素直に喜んだ。何より、異世界の、全く知らない物語に触れることが面白いのだろう。紙月もこちらに関しては素人だし、一緒に読み進められるのも、良い。
 筆写の仕事があったので練習がてらやってみているのだが、まだたどたどしい未来はともかく、紙月の筆写は丁寧で速いということで、人気である。ペン字をやっていた甲斐があるというものである。

「いや、ほんとに多芸すぎるよね、紙月」
「そうか?」

 暇さえあれば資格を取っていたような、他の趣味もない人間である。この程度ならばざらにいそうなものであるというのが紙月の印象であり、未来には理解できないところであった。

 未来がうなりながら物語と取っ組み合い、まだまだ拙い文字で筆写し始めるのを尻目に、紙月もまた手元の本に目を落とす。中身はこの世界のおとぎ話というか、子供向けの神話大系のようなものであり、わかりやすく読みやすい調子で、この世界の成り立ちが語られるのであった。

 神殿通りで見かけた神殿の神々も多くこの本に乗っており、ちょっとしたエピソードなんかもそろえてあって、勉強になる以上に、物語として面白い。以前ギリシア神話の本を読んだ時のような感じだ。同じく多神教だし、通じるところがあるのだろう。

 興味深いことに、こう言った本を紹介してくれたのは、よりにもよってあの、地竜退治にいちゃもんをつけたムスコロであった。いまでは調子のいいことに姐さん兄さんと呼ばわってくるこの男、実は若手集の中ではかなりインテリなのであった。
 冒険屋はある程度レベルが上がってくるにつれて体力だけではどうしようもなく、知識や教養などが試されるようになってくるのだが、古参連中から薫陶を受けたこの男は、まだ腕力自体も大したことのないうちからせっせと勉学にも励んでいるのだった。

「意外と努力家だったんだな、あんた」
「俺ぁ農家の三男坊ですからなあ。せめて冒険屋として身を立てねえと、送り出してくれたおやじにも申し訳ねえんです」

 意外と義理堅くもある。

 紙月などは第一印象があるので今もってあまり好きにはなれないのだが、未来はそのあたり寛容というか柔軟で、あれが新人相手にしっかりと序列を確認する、いわばマウンティング行為であったという風に納得している。そして返り討ちにあって下手に出てくる以上、それ以上悪く扱う気もないのだという。
 なんだか大人な対応だなと、紙月の方が鼻白んだくらいだった。

 一応ムスコロも機微はわかるらしく、紙月に気に入られようというまではなくとも、せめてフラットラインまでは持ち直したいと考えているようで、種々の依頼を持ってきてはくれるのだが、そのどれもが胡散臭く、なるほどこの男がなかなか伸びない訳だというのはわかった。
 しかしやはり持ってくる本は面白いので、気が利かない訳ではないのが、不思議だった。

 そのようにして退屈な午前を過ごしているときだった。
 依頼を片手にハキロがやってきたのは。





用語解説

・赤縁の眼鏡
 ゲーム内アイテム。正式名称《知性の眼鏡》。
 かしこさ(インテリジェンス)の数値の高低で効果の度合いが変わるゲームアイテム。
 かしこさ(インテリジェンス)が一定以上の高さだと状態異常:暗闇を百パーセント防ぎ、また暗視の効果を得る。かしこさ(インテリジェンス)が低ければその効果も下がる。
 ファッション用のアイテムとしても用いられた。
『世界は闇に満ちている。盲目の愚者たちが蠢く底なしの闇に。この眼鏡はその闇をほんの少し切り取ってくれる。お前自身の内なる闇に抗おうとする知性があるのならばな』

前回のあらすじ
一気に名を高めすぎて、かえって仕事の入らなくなった二人。
退屈にあえぐ二人に救世主ハキロがやってくるのだった。




「退屈してるだろ」

 そう言われれば否と答えたくなるのが人情というものだったが、何しろハキロという男は裏表というものがなく、この時も実に善意一〇〇パーセントでこう言ってきたものだから、紙月の方でも渋々頷く他になかった。

「まあ、暇は暇ですけど」
「だと思って、依頼を見繕ってきたんだ」

 ハキロが見せてきた依頼票は、ざっくりといえば鉱山から特殊な鉱石をいくらか掘ってきてほしいというものだった。なんでも研究で使うようなのだが帝都付近ではこの鉱石は取れず、帝国内では西部のこのあたりでしか産出報告がないのだという。

「珍しいってことは、高い宝石ってことですか?」
「んにゃ、綺麗なわけでもないし、特殊な研究以外には用途がないみたいで、クズ石扱いされてる」

 何とも浪漫のない話である。

 それに第一、

「これ、冒険屋じゃなくて鉱石掘りの仕事なんじゃ?」

 これである。

 冒険屋がいくら何でもやるからと言って、やはり専門的な仕事は専門家に任せた方がいいに決まっている。目立つ特徴のある宝石ならばともかく、クズ石同然のものとなればなおさらである。

「ただの石掘りに地竜殺しを呼ぶわけないだろう」
「うわ、面倒ごとの匂い」
「つまり冒険の匂いだ。どうもこの石の取れる鉱山なんだが、ちょっと前から坑道に魔獣が出るようになったみたいでな」
「騎士団の仕事じゃないんですかそれ」
「目ぼしい鉱石はあらかた掘りつくしちゃった後みたいでな。予算出してまで討伐する必要もないって扱いらしい」
「ぐへえ」

 要は石が欲しけりゃ自己責任でやってくれ、という状態なわけだ。それはつまり、坑道に巣食った魔獣が外に出てくるようなものではないということで、安全は安全なのかもしれないが、やはり職務怠慢ではないかと紙月などは思う。

「それで冒険屋に、魔獣をかいくぐって石を手に入れて来いと」
「必要量が多いんで、ある程度の駆除は前提みたいだな」
「ぐへえ」

 確かに、ただ石を手に入れてくるにしては依頼料が割高である。下の方に魔獣の素材を買い取るとか書いてあることから、むしろこっちが目的なのではないかと思わされるほどだ。

「俺達に持ってくるってことは、強いんすか、この魔獣」
「乙種ってとこだな。ただ完全に相手の棲み処だから、場合によっちゃ甲種に足踏みこむかも」
「ぐへえ」

 乙種とか甲種というのは、魔獣の強さ別の分類のことだった。
 乙種というのは、普通の冒険屋がソロで挑んでぎりぎり勝ちをもぎ取れる限度がこのあたりだとされる。つまりムスコロあたりが腕の一本や二本覚悟するレベルだということになる。普通はパーティで挑んで戦うものだ。
 甲種となるとずっと強く、一般的冒険屋パーティが挑んでぎりぎり勝ちをもぎ取れるかどうかというレベルである。ムスコロやハキロたちは何人かで組んで挑んで、一人か二人だけが帰ってこれるレベルだ。
 環境や、数などによって多少変動するが、おおむねこのような考え方でよい。

 地竜はと言うと、先ごろ遭遇した幼体で、甲種の上位ということになる。
 成体となるとこの分類はもう役には立たない。竜種というのは基本的に他の生物とは隔絶された化物たちなのだ。

 単に相手が甲種だというだけならば、地竜の幼体相手に圧勝した紙月たちからすればあまり恐れるようなものではないように思えるが、魔獣の厄介な所は、地形や環境によって容易にその難易度が上下することだ。
 相手が坑道に特化した生き物であれば、しょせん二本足でえっちらおっちら歩くのが精々の人型では相手しきれないことも想定しうるのだ。

 自分たちがかなりピーキーな能力であることを考えると、あまり慢心して挑みたくない相手ではあるのだ。

 とはいえ。

「…………素材、結構高値で買ってくれるのな」
「鉱石も取れた分だけ追加報酬だって」

 報酬は魅力的であった。
 特に、現状無収入であることに危機感を覚えている紙月にとってはかなりの魅力を放っていた。

 それに、なにより。

「お前ら、退屈してたんだろ?」

 これである。

「そりゃあ、まあ、退屈してましたけどね」
「正直暇すぎて死にそうだったよね」
「それな」

 毎日毎日ドリルと読書だけでは、いい加減体が鈍って仕方がないというものである。

「とはいえ、俺達鉱山なんて潜ったことないですよ?」
「ダンジョンみたいなのかな?」
「そんな気軽なもんじゃなさそうだけど」
「誰もお前らにそこまで期待はしてねえよ」

 ハキロはからからと笑って、こういう事だと説明してくれた。
 鉱山付近には鉱山付近でミノという町があって、その街には当然冒険屋の事務所がある。ただ、すっかり石も掘りつくされて住人の多くも去ってしまったような寂れた街で、満足な人手が出せないのだという。
 依頼はあったものの、もうこの事務所の力では坑道に巣食う魔獣の相手は荷が重く、組合を通して近隣の冒険屋事務所に応援を要請したらしいのだった。

「それでちょうどよく暇人がいたのがうちってわけさ」
「なるほど。まあ待機要員としては役立ったわけだ」
「勿論うちから馬車も出すし、向こうの事務所に貸しを作れれば、おかみさんも賞与くらいは出してくれるだろ」
「本当ですか!?」
「ある程度太っ腹な所見せないと、冒険屋なんて荒くれ者はついてこないからな」

 結局のところボーナスに負けて、紙月と未来はこの依頼を受けることにするのだった。




用語解説

・魔獣の強さ
 そもそも魔獣とは、害獣の中でも魔力の強いもの、魔法を使うものをざっくりと差す分類である。
 これをさらに強さというか、厄介さを基準に甲乙丙丁の四種に分類している。
 甲種で一般的な冒険屋パーティがぎりぎり勝ちをもぎ取れるレベル。普通なら複数のパーティーで当たる相手。
 乙種で一般的な冒険屋がソロでぎりぎり勝ちをもぎ取れるレベル。普通ならパーティで当たる相手。
 丙種なら一般的な冒険屋がソロで普通に相手できるレベル。
 丁種ともなれば冒険屋でなくても対処できるレベルである。
 ただ、環境や数によって難易度はたやすく変わり、また相性の良しあしもある。

前回のあらすじ
暇を持て余した二人は、どうにも厄介そうな仕事をボーナス目当てで請けることに。




 ミノの町までは、馬車で三日ほどかかった。とはいえこれはさほどに窮屈な旅でもなかった。狗蜥蜴(フンドラツェルト)は頭がよく、御者がちょっといい加減でも目的地まで走ってくれるということで、紙月たちは幸いにも二人きりで旅をすることができたからだった。

 これの何が幸いと言って、人目をはばからずゲーム内アイテムを使用できることだろう。

 夜は《魔除けのポプリ》で魔獣除けをして、幌馬車に《鳰の沈み布団》を敷いて朝までぐっすり眠れたし、食事で困れば《食神のテーブルクロス》を広げれば必要なだけの食糧が得られた。これらはどれもゲーム内アイテムだったが、使用回数に制限がなく、人目さえなければいくらでも使い放題というのがたまらなかった。
 結局のところ自炊に慣れていようと面倒くさいものは面倒くさいうえに、何しろ二人そろってキャンプの経験も野宿の経験もろくにないのだ。野の獣を狩ろうなんて考えすらわかない。

 そのようにして、世の冒険屋が見たらふざけんなと声を揃えて叫びそうな快適な旅を続けること三日。

 辿り着いたミノの町は、スプロの町とはいささか雰囲気が異なった。
 というより、

「さびれてんな」
「限界集落って感じ」

 なのである。

 かつては鉱山景気で大いに人で賑わったであろう、造りばかりは立派な町なのだが、肝心の住人がいなくなってしまって空き家ばかりで、かろうじて煮炊きの煙が何筋か見えるような、そんな恐ろしく寂れた街なのである。

 ぶらりと大通りを歩いてみても、店の殆どはすでに閉店してしまっていて、地元の人間が使うらしい雑貨店などが、かろうじて退屈そうに店を構えているばかりである。
 その雑貨店で林檎(ポーモ)とかいうすっぱいリンゴを購入しがてら道を聞いて、ようやく訪れた先の冒険屋事務所もまた、やっぱりさびれていた。
 かつては多くの冒険屋を抱えていたであろう実に大きく立派な建物なのだが、いまや看板も傾いて、それを直すだけの人出もないようだった。

 たてつけの悪い扉を押し開けて入ってみれば、受付には居眠りをする老人が一人いるばかりで、実に閑散としたものである。
 こんなんで大丈夫なのだろうかこの街はと一瞬紙月の脳裏に過りはしたが、考えてみれば街自体もこんな調子だから、この程度でもお釣りがくるくらいなのだろう。

「すみませーん!」
「ん、うううん、幻聴かな、客の声がする」
「いきなりネガティブすぎんだろ!」

 何度か大声をかけて受付の老人を起こし、何度か幻覚ではないとやり取りをかわして、ようやく彼は納得したようだった。

「おお、すまん、すまん。今日日はすっかり客足もなくっての。てっきり寝酒が過ぎたのかと思ったわい」
「おいおい……本当に大丈夫だろうな?」
「なに、山に関しちゃ凄腕の冒険屋がまだ残っとるんじゃよ。ちょっと待っていなされ」

 老人は思いの外にかくしゃくとした動きで奥にいったん引っ込むと、その細身からは想像できない大声で人を呼ばわっているようだった。そしてそれに対応する返事もまた、大きい。

「耳が遠い人同士の会話みたいだね」
「実際そうだって気がするぜ、俺は」

 少しして、受付の老人に連れられてきたのも、やはり顔に長年のしわの刻み込まれた老婆だった。
 老婆とはいえ背筋はしゃんと伸びて、若い頃と比べていくらか縮んだだろうに、それでも紙月と同じくらいの背丈があるし、ずっと骨太だ。

「おう、おう、おう、あんたらがスプロの若造かい。今日は世話んなるよ」
「世話になるって態度かババア! しっかり頭下げな!」
「チッ、ヨロシクオネガイシマース」
「このババア! まあいいさ。このババアがうちの筆頭冒険屋にして、最後の冒険屋、ピオーチョだ」
「よろしく頼むよ」

 この豪快な挨拶には二人もさすがに気圧されたが、しかしそれ以上に驚いたのは、この老婆が、実物は初めて見る土蜘蛛(ロンガクルルロ)という種族だったからである。

 土蜘蛛(ロンガクルルロ)というのは、山の神の従属種で、鍛冶が得意で多くは鉱山に住むという、それだけ聞けばドワーフのような種族なのだが、実態は大いに違う。
 まず手足がそれぞれ四本ずつある。目も、普通の目が二つある外に、宝石のような小さな目が六つ、頭部にきらめいている。つまり、人間に蜘蛛のような特徴を足したような姿なのである。

 ピオーチョは土蜘蛛(ロンガクルルロ)の中でも地潜(テララネオ)という氏族で、いわば土蜘蛛(ロンガクルルロ)らしい土蜘蛛(ロンガクルルロ)だった。酒を好み、鍛冶を得意とし、穴掘りを生きがいとする。
 四本の腕はそれぞれ、細身で細工のうまい掴み手と、力強く頑丈な掘り手とに分かれ、足腰は重機のようにがっしりとしていた。
 ルビーのようにきらきらとした多眼が、それぞれにこちらを眺めているのが感じられた。

「なんだい、あたしが別嬪だからってそんなに見つめるなよ。穴が開くだろ」
「大概図々しいなこのババア! 土蜘蛛(ロンガクルルロ)が初めてなんだろ!」
「え、ああ、そう、そうなんです。すんません」
「謝んなくていいよ。あたしだって初めて人族を見た時は手足が欠けちまってるのかって思わず心配したもんさ」

 そういうものらしい。
 未来は何やら感心したような声を上げているばかりだが、半端に常識の凝り固まった紙月にはこの出会いはなかなかショッキングだった。獣人(ナワル)はまだ、人間にほど近い姿をしているから慣れてはいたが、この土蜘蛛(ロンガクルルロ)という種族は、個々のパーツは人間と同じなのだが、それの数が違うのだ。そのことがひどく紙月を困惑させた。

 慣れなければと思い詰める紙月に、しかしピオーチョは優しく二本の腕で肩を叩いた。

「なあに、無理に慣れる必要はないさ。ただそういう生き物もいるんだってくらいでいい。あたしだって人族と一緒に住むとなったら頭悩ませるかもしんないけど、庭先にいるくらいだったら受け入れられる。そんなもんさ」

 偏屈と噂に高い土蜘蛛(ロンガクルルロ)であったが、年をとるとそれも幾らか軟化して、魅力的な年寄りになるらしかった。

「ま、わかったら改めて自己紹介しようか。あたしはピオーチョ。得物はつるはしと槌。戦うのは専門じゃあないが、ミノ鉱山は庭みたいなもんさ。それからあとは、そう、美形だ」
「ほんっと図々しいなこのババア!」
「あーっと、紙月です。魔法使い。たいていの魔法は使えるけど、御覧の通り華奢でね、防御は相方に任せてる」
「未来です。御覧の通り防御は完璧です。でも攻撃は得意じゃないので相方に任せてます」
「ふん、二人で一人ってわけだ。いいねえ、あたしにもそんな相手が欲しかったもんだ」
「盛んなババア!」
「やかましい!」
「へぶっ」

 ピオーチョという土蜘蛛(ロンガクルルロ)は実に賑やかで、一人現れただけでもうさびれた冒険屋事務所がいっぱいになってしまったようだった。

「よーし、坑道まではちょっとあるからね、続きは馬車で話そうじゃないか」

 そういうことになった。




用語解説

・《魔除けのポプリ》
 ゲームアイテム。使用することで一定時間低レベルのモンスターが寄ってこないようにする効果がある。
『魔女の作るポプリは評判がいい。何しろ文句が出たためしがない。効果がなかった時には、魔物に食われて帰ってこないからな』

・《鳰の沈み布団》
 ゲームアイテム。使用すると状態異常の一つである睡眠状態を任意に引き起こすことができる。状態異常である不眠の解除や、一部地域において時間を経過させる効果、また入眠によってのみ侵入できる特殊な地域に渡る効果などが期待される。
『水鳥は本質的に水に潜る事よりも水に浮く事こそが生態の肝要である。しかして鳰の一字は水に入る事をこそその本質とする。命無き鳰鳥の羽毛は、横たわる者を瞬く間に眠りの底に沈めるだろう。目覚める術のない者にとって、それは死と何ら変わりない安らぎである』

・《食神のテーブルクロス》
 ゲーム内アイテム。状態異常の一つである飢餓を回復する効果がある。飢餓は飲食アイテムを食べることでも回復するが、《食神のテーブルクロス》は入手難易度こそ高いものの、重量値も低く、使用回数に制限がない。
 この世界では使用するとその時の腹具合に応じた適切な量だけが提供されるようだ。
『慌てるんじゃない。君はただ腹が減っているだけなんだ』

・ミノの町(La Mino)
 ミノの山を仰ぐように作られた町、というより、ミノの山を鉱山として開拓するために作られた鉱山町。
 最盛期は大層にぎわった計画都市であるが、鉱山が枯れた今は、職人たちや一部の住人が細々と暮らしている程度である。

林檎(ポーモ)(pomo)
 赤い果皮に白い果実を持つ。酸味が強く、硬い。主に酒の原料にされるほか、加熱調理されたり、生食されたりする。森で採れるほか、北方では広く栽培もされている。

・ピオーチョ(Pioĉo)
 ミノの町の細工師兼冒険屋。七十代の土蜘蛛(ロンガクルルロ)、女性。

土蜘蛛(ロンガクルルロ)(longa krurulo)
 足の長い人の意味。
 隣人種の一種。
 山の神ウヌオクルロの従属種。
 四つ足四つ腕で、人間のような二つの目の他に、頭部に六つの宝石様の目、合わせて八つの目を持つ。
 人間によく似ているが、皮膚はやや硬く、卵胎生。
 氏族によって形態や生態は異なる。

地潜(テララネオ)(ter-araneo)
 土蜘蛛(ロンガクルルロ)と言えば人が想像する、代表的な種族。山に住まうものが多く、鉱山業と鍛冶を得意とする。種族的に山の神の加護を賜っており、ほぼ完全な暗視、窒息しない、鉱石の匂いを感じるなどの種族特性を持つ。
 細工の得意な小さめの「掴み手」と頑丈で力の強い「掘り手」に腕が明確に分かれており、足腰ががっしりとしている。
 酒を好み、仕事以外にはやや大雑把。

・山の神ウヌオクルロ(Unuokululo)
 境界の神、火の神に次いで三番目にこの地に訪れた天津神。製鉄や鍛冶の神でもあり、山に住まう土蜘蛛ロンガクルルロ達は特に強くこの神の加護を受けている。
 大まかに言えば一つ目の巨人とされるが、その詳細な姿は想起することさえ狂気を呼ぶ。

前回のあらすじ
初めてはっきりと露骨な異種族に遭遇した二人。
気の良さそうな土蜘蛛(ロンガクルルロ)とともに鉱山へ向かうことに。





「もとはといやあ、このミノ鉱山は金鉱山だったのさ」

 帝国西部にそびえるミノ山は、もともと何の変哲もないただの山であったらしい。それをたまたま冒険屋の土蜘蛛(ロンガクルルロ)が、全く関係のない採取関連の依頼を受けた時に、洞窟を発見したのが始まりだったらしい。
 穴があればもぐってみるというのが土蜘蛛(ロンガクルルロ)の習性で、この土蜘蛛(ロンガクルルロ)も何となくもぐってみただけなのだが、すると、少しももぐらない内に、土蜘蛛(ロンガクルルロ)の目にははっきりとここが金鉱山であるとわかったのだという。

「金って、目に見える形で埋まってるものなんですか?」
「いや、ほとんどは目には見えない。溶かしたり、砂金みたいな形でようやく見える。あたしら土蜘蛛(ロンガクルルロ)は山の神様の加護を受けてるからね。鉱石なんかがあると、ちりちりと肌に感じるのさ」

 土蜘蛛(ロンガクルルロ)の冒険屋がこれを報告すると、領主は早速ミノの山のふもとに街をつくって、計画的な鉱山都市をつくることになった。鉱山と言っても、ただ金を掘ればいいというわけでは無い。掘った金を、きちんと金の形として利用できるように加工しなければならないし、炉を作れば燃料がいる。燃料を取るには木々を切り倒す必要があるし、そうなれば人足も必要になるし、その人足を食わせる飯も必要になるし、人間めしだけ食えば何とかなるってわけじゃないから寝床も風呂屋もいる。何なら家族を住まわせる家もいる。
 そんな具合であれこれ計画してしっかり整備された街ができた。歴史の本に載せてもいいくらい立派な都市だった。
 金を掘りつくした後のことを計画していなかった、というその一点を除けば。

「ま、実際、どの程度金が出そうかってのは、土蜘蛛(ロンガクルルロ)達が頭ひねればわかる問題でね。あの町もきっちり寿命を使い果たしたと言っていいから、別に間違った計画だったってわけじゃないんだけどね」

 ただ、山というものは掘れば痩せる。周囲の環境も汚れる。だからこの街が再復興するには、全く違った商売を見つけ出すか、それとも資源が回復するまでの相当長い時間を耐え忍ばなければならない。

「元手は十分稼いだんだから、他所行って商売でも何でもすりゃあいいんだけどね。実際、ほとんどの住民はそうして出て行ったからあんなに寂れちまってるのさ」
「ピオーチョさんはどうして?」
「あたしは……あたしはまあ、あそこの生まれだからね。最盛期の頃も経験してるし、寂れた後も経験してる。他所に移り住むには、ちょいと情が移りすぎてね」

 ピオーチョの他にも、そういう手合いはやはりいるらしく、どれだけ寂れて見えても、いまもあの町に住む人は決して少なくないのだという。

「でももう金はでないんでしょう?」
「まあね。でもまあ、全く出ないってわけでもない、金以外もあるからね。そう言うのを細々と加工して売ってるのさ。それに他所から依頼が来ることだって、あるんだよ」
「他所から?」
「そうさ」

 ピオーチョの語るところによれば、なにしろ金山として最盛期だった頃は、有り余るほどの金を加工することができたわけで、つまり金の扱いに関しては当代でこれ以上長けたものはいない職人たちの町でもあるわけだ。寂れてしまった今でも職人たちの多くは離れがたいようで、その職人たちを頼って金細工などの依頼が今でも来るそうだ。

「あたしだって、冒険屋の仕事は随分してないさ。手慰みに細工物をして、旅商人に売ってもらってる。小遣い程度だけどね」
「どんなものを?」
「そうさね」

 そう言ってピオーチョが無造作に取り出したのは、銀細工のブローチだった。サファイアのような宝石があしらわれており、細工は翼を広げた鷹をモチーフにしているのだろうか。羽の一枚一枚に至るまで精緻な仕事は施されており、宝石や銀そのものの価値よりも、その細工仕事にこそ価値がありそうな仕上がりであった。

「うわっ」
「これ触っていいやつですか」
「構やしないよ。小遣い程度だ」

 実際御幾らか尋ねてみたところ、目を剥くような値段だった。地竜退治よりは安いが、それでも気軽に買えるのは貴族位のものだろう。

「それで小遣いなんですか……」
「当り前さ。全盛期のこの街じゃ、そんなものは本当に小遣いだった。酒場でちょいと飲んだつけを払うのに、そのくらいの細工物が良く出回ったものさ」
「バブルだなあ」
「泡? そうさね。うん、あの景気は確かに泡みたいなものだった。どこまでも膨らんでいくと誰もが思っていて、でも結局のところは、予定通りに弾けちまった」

 それは少し寂しそうな物言いだったが、しかし、過去ばかりを見ているようなものでもなかった。

「まあいい夢だったよ。あの景気があったからこそ、いま大成している職人たちもいる。皆どっかで終わりが来るのを知ってたから、早め早めに見切りをつけるようにしてたし、大損こいたってのは、そうそういなかったからね」

 鉱夫たちだって、掘るだけ掘ってそれでおしまいというわけでは無かった。領主は先見性のある人で、鉱夫たちには十分な給料を与えたし、怪我や病気にも補償を出した。そしていざ金の量が減り始めると、再就職先を用意し始めた。土堀しか能がないという連中もいた。しかし、いつだって世の中には仕事が溢れているものだった。他の鉱山もあれば、大工仕事や土木作業もあった。
 金で儲けた領地だったから、街道整備などを始めとした公共事業もあった。
 かならずしも悪いことばかりではなかったのだ。この夢の終わりというものは。

「あたしらもまあ、金山が閉まってからも、ちまちまと掘ってみたり、好きにやれたからね、いい老後といやあいい老後だったんだよ。あいつらが出るまでは」

 あいつら。
 その言葉を、ピオーチョは忌々しげに吐き捨てた。

石食い(シュトノマンジャント)の連中が坑道に出てくるようになるまではね」





用語解説

石食い(シュトノマンジャント)
 乙種魔獣。主に鉱山などに住まう。
 鉱石や金属類を主に餌として育ち、体表にうろこ状に積層させて鎧としている。
 本当に石しか食べないのか、それでどうやって体を維持しているのか、よくわからないところが多い。
 帝都大学の研究によれば、腸内の微生物が鉱物を分解し、栄養物を生成しているとされる。
前回のあらすじ
枯れ果てた鉱山に出没する石食い(シュトノマンジャント)の正体とは。
一行はその謎を追って坑道へと向かった。





石食い(シュトノマンジャント)?」
「そうさ。いま鉱山に出ている魔獣連中のことさね」

 石食い(シュトノマンジャント)というのは文字通り、石を食う大きなネズミのような魔獣であるらしい。小さいうちは邪魔くさいですむが、大きくなってくると人の腰ほどにも達し、何より体表を鉱石質の頑丈な鱗で覆われるらしく、簡単には討伐できない面倒な相手になるらしい。

 人間と違って文句も言わずひたすら石を食っては体内で精錬してくれるわけだから、これを養殖して鉱山掘りに使えないだろうかと模索したものもいたことがあったらしいが、十分な量の鉱石が採れるほどに育った石食い(シュトノマンジャント)は生半の冒険屋が敵う相手ではなく、結局採算が取れないということで諦められてきたそうだ。

「あいつらが出るようになってからは、あたしらも迂闊に坑道に入れなくなってね」
「そんなに強いんですか?」
「あたしなら、一対一ならそう苦労はしないさ。でも考えてごらんよ。石を餌にするような連中だ。こっちがどんなに武装してもがりがりとやられちまうんじゃ、じり貧もいいとこだね」

 石食い(シュトノマンジャント)の厄介な所は、その単体の強さよりも、武器や防具の破損が怖いということらしい。それに何より群れをつくるから切りがないのだという。

「一応領主様にも報告はしたんだけどね、何しろとっくに閉山した鉱山だし、石食い(シュトノマンジャント)は石しか食べない、つまり外に出てこないから、優先度が低いみたいでね」

 極端な話、放っておいても害はないのだから、領主としては人員を裂く必要などないのである。困っているのは趣味人の職人たちだけとなればなおさらだ。

「わたしらもまあ、趣味の範疇だから強くは言えないし、かといって自衛してっていうにはちょいと相手が手ごわすぎてね。もう諦めようかって思ってたんだが、そこに今回の依頼さ」

 それこそ山のように眠っているクズ石が金になるというのもあったが、なにより魔獣退治も依頼に含まれているというのが気に入ったのだという。そしてさっそく組合に応援の依頼を出したところ、その名も高い森の魔女と盾の騎士が釣れたというのだから、これは望外というほかない。

「あんたら、地竜をサクッと伸しちまったんだって? 聞いてるよ」
「いや、そこまで簡単ではなかったんですけど」
「冒険屋にしちゃ素直な奴だね。まあ、でもいいんだ。それなりに使えるってのがわかりゃあね」

 ピオーチョに言わせれば、一度発生した石食い(シュトノマンジャント)を根こそぎにするにはしっかりとした準備がいるらしく、さすがにこの三人で全て片が付くとは思ってはいないらしい。

「それでもある程度倒せりゃちっとは安全になるし、憂さも晴らせるってわけよ」
「成程」

 やがて馬車は目的の鉱山へとたどり着き、その後は歩きで坑道へと向かうことになった。

「昔は五本の主坑道があって、それぞれに入り口があったんだけどね。いまは危ないんで、一番坑道以外は塞いじまってる」
「塞いでる?」
「魔術師が爆破して埋め立てたよ。子供が忍び込んで怪我する事件があったんでね」

 それでも一本は坑道を残したのは、やはり、未練という他にないとピオーチョは笑った。

 やがて見えた坑道は、人が何人もすれ違って歩けるような大きな立派なものだった。支えの梁も立派なもので、いまも全くこゆるぎもしない。

「まあ立派なのは入り口だけで、潜りゃもうちっと貧相なもんだがね」

 あんたら鉱山に潜ったことは、と聞かれて、二人は首を横に振った。

「だろうね。じゃあ、潜る前にいくらか装備を整えなくちゃね」
「装備?」
「安心おし、持ってきてやったから」

 そういってピオーチョが寄越したのは、エメラルドのような緑色の宝石が閉じ込められた、鳥かごのような形のペンダントトップだった。これまた土蜘蛛(ロンガクルルロ)の職人の手によるものらしく、鉱夫が使うものにしては随分と高級そうな細工である。

「山ン中に潜るとね、あたしら土蜘蛛(ロンガクルルロ)は山の神様の加護があるから縁がないんだけど、他の種族は息が詰まって死んじまうんだ。だろ?」
「ああ、確かにそうですね。あんまり深く潜ると、酸素がなくなっちまうんだっけ」
「で、こいつは《金糸雀の息吹》ってぇちょっとした魔道具でね。こいつを身に着けていると息が詰まらなくなるのさ。種の風精晶(ヴェントクリスタロ)が持つ限りはね」

 中の緑色の石が風精晶(ヴェントクリスタロ)というらしい。聞けば風の精霊のこもった石で、そう言った精霊のこもった石を総称して精霊晶(フェオクリステロ)というそうだった。
 旅をする冒険屋ともなれば、呼び水を注ぐと綺麗な水を吐きだす水精晶(アクヴォクリスタロ)や、火種となる火精晶(ファヰロクリスタロ)は持ち歩いているものだと言われたが、何しろそのあたりで困ったことがない二人であるから、初耳であった。

「この石はどれくらい持つんですか?」
「そうさね、こいつはあたしお手製だからね。普通にしてりゃ一日は持つ。激しく運動したら、もう少し短くなるね」
「少なくとも一回潜る分には問題なさそうですね」

 それから次に、ピオーチョは腰の《自在蔵(ポスタープロ)》からランタンを取り出した。

「手が一本塞がるから好きじゃないんだけどね、あたしら土蜘蛛(ロンガクルルロ)はともかく、あんたら暗闇じゃ見えないだろう」
「あ、俺暗視持ちです」
「なに? 人族じゃないのかい?」
「ハイエルフって言うんです」
「聞かないねえ。まあいいや、そっちの鎧、ミライは?」
「ぼくも暗視装備あるんで大丈夫です」
「便利な奴らだよ。まあ、邪魔がなくっていいや」

 ピオーチョは少し安堵したようにランタンをしまった。坑道に慣れたピオーチョと言えど、手が一本減るのは嫌だったらしい。四本もあるのだから一本位と思うのは、種族が違うからだろうか。

「じゃあ取り敢えずの準備は整った。あとは潜ってからおいおい話そうかね」





用語解説

・《金糸雀の息吹》
 風精晶(ヴェントクリスタロ)を利用した魔道具。これを装備していると、空気が少ない、またはない環境でも息が詰まらなくなる。ただし水中のように、水が呼吸器官に入ってくるような事態を防ぐことはできない。

風精晶(ヴェントクリスタロ)(vento-kristalo)
 風の精霊が宿っている、または結晶化したとされる石。刺激を与えると風を起こしたり、新鮮な空気を生んだりする。その産地によって風の質が違うようだ。

精霊晶(フェオクリステロ)(feo-kristalo)
 水精晶(アクヴォクリスタロ)火精晶(ファヰロクリスタロ)風精晶(ヴェントクリスタロ)などの、精霊の宿った石の総称。

水精晶(アクヴォクリスタロ)(akvo-kristalo)
 水の精霊が宿った結晶、とされる。見た目は青く透き通った水晶のようなもので、呼び水を与えるとその大きさや品質に従って水を生み出す。川辺など水の精霊が活発な所でよく生成されるが、道具として使用できるサイズ、品質のものはちょっとレア。ものによって生み出す水の味や成分も異なるようで、こだわる人は産地にもこだわるとか。

火精晶(ファヰロクリスタロ)(fajro-kristalo)
 火の精の宿る橙色や赤色の結晶。暖炉や火山付近などで見つかる。
 可燃物を与えると普通の火よりも長時間、または強く燃える。
 希少な光精晶(ルーモクリステロ)(lumo-krisutalo)の代わりに民間では広く照明器具の燈心に用いられている。
前回のあらすじ
坑道に潜る準備を整えた一行。
いざ、廃鉱山。





 坑道は、暗く、狭かった。
 大柄な土蜘蛛(ロンガクルルロ)達がすれ違えるように、実際にはかなり広い方なのだろうが、暗闇と、周囲がすべて土壁に囲まれているという圧迫感が、実際以上に狭苦しく感じさせていた。

 《金糸雀の息吹》のおかげか息苦しさは感じられなかったが、それでもどこか息詰まるような感じがあった。体ではなく心の息苦しさだった。
 二メートル近い鎧である未来などは余程狭苦しく感じるのだろう、何度となく居心地悪そうに身をよじっては、のそりのそりとやや屈み気味に歩いている。

 一方で実に快適そうに歩いているのはピオーチョである。もとより土蜘蛛(ロンガクルルロ)というのは鉱山暮らしの種族であるらしいから、むしろこの環境の方が、野外よりも快適なのかもしれない。

 しばらく歩くうちに、坑道は枝分かれした。

「坑道は、鉱床に沿って掘られる。んでこの鉱床ってのは天然自然のものだから、規則正しくってわけにはいかない。そいつに沿っていくんだから坑道も捻じれるし、何度も分岐するし、時には昇降機を使って垂直にも掘る」
「うへぇ……地図はないんですか?」
「あるけど、役に立たないと思うよ」

 一応と見せてもらえたが、縦横無尽に走る坑道は立体的で、かつあまりにも複雑で、とてもではないが一瞥しただけでは理解できない有様だった。

「おまけにいまは石食い(シュトノマンジャント)どもが勝手に掘った穴もあるだろうからね。まあ地図通りにはいかないよ」
「ええっ。迷ったらどうするんですかこれ!?」
「安心おし。土蜘蛛(ロンガクルルロ)は迷わないんだ」

 鉱山育ちの根拠のない自慢かと思いきや、ピオーチョは大真面目な顔で腰のあたりを叩いた。

「大昔の御先祖様の頃からの特性らしいんだがね。あたしら土蜘蛛(ロンガクルルロ)はみんな、腰のあたりから魔力を細ーく細ーく伸ばして、歩いてきた道に残していくのさ。あたしらはこれを栞糸って呼んでる。こいつをたどるからあたしらは道に迷わないし、その糸の古さや具合から、今自分がどこにいるかもわかる」

 これはまったく便利な技能だった。
 とはいえ、

「あんたらにはないんだから、絶対離れるんじゃないよ」

 とのことである。

 あいにく《エンズビル・オンライン》にはマッピング関係の魔法はなかったので、さしもの千知千能(マジック・マスター)の紙月と言えど、この言葉には従わざるを得なかった。元々逆らう気もなかったが。

「それで、まずどこへ向かうんです?」
「クズ石……まあ目的の鉱石は大概そこらにほっぽっておかれたからね、それらを拾いながら、ちょっと広めのところまで行こうか」

 提案されればそれに応じるしかない二人である。

 二人は目を皿のようにして坑道を歩いていたのだが、そこはそれ、土蜘蛛(ロンガクルルロ)の石を見る目と比べてしまえば見ていないも同然だった。
 ピオーチョは何でもない風に歩きながら時折不意に屈んでは石を取り上げて、特に確認するでもなく二人に投げてよこした。
 二人がじっくりと見比べてみても、それは普通の石と区別がつかない。

「本当にこれなんですか?」
「石の区別がつかなくなったら、土蜘蛛(ロンガクルルロ)は名乗れないね」
「御見それしました」
「照れるじゃないか」

 それからもピオーチョはしばしば石を見つけては二人に寄越し、二人はそれをもう確認することもせずインベントリに放り込んでいった。一応同じ分類でストックされるので、同じ石ではあるらしいということも確認できた。

 三十分ほども歩いただろうか。

「ふん。結構拾ったねえ。あんたら重くないかね」
「いえ、大丈夫です」
「さすがにそんな大鎧着てるだけあって力持ちだ。《自在蔵(ポスタープロ)》も随分大容量だね」
「あはは」

 まさかインベントリに突っ込んでます、重量は感じません、などとは言えない。笑って誤魔化す外にない。

「あんまり重いようだったらいったん帰ろうかとも思ってたけど、この調子だったら石食い(シュトノマンジャント)どもと一当てしてもよさそうだね」
「そういえば、こんな深い坑道で、どうやって石食い(シュトノマンジャント)たちを見つける予定だったんですか?」
「出たとこ勝負……嘘だよ、そんな顔すんない」

 少し歩くと、急に視界が開けた。ある種の集積所でもあったのか、広場のようになっている。

「ここらでいいか。……石食い(シュトノマンジャント)どもはね、あたしらがいくらほっつき歩いても反応しない。あいつらは肉は食わないんだ」
「そりゃ、石食い(シュトノマンジャント)ですもんね」
「そっちの鎧はいい具合に囮になりそうだけど……」
「ひぃっ」
「冗談さ。本命はこっちさね」

 言って、ピオーチョは《自在蔵(ポスタープロ)》から革袋を取り出すと、広間の真ん中あたりに置いて見せた。

「それは?」
「金属のきれっぱしだとか、宝石の屑だとか、まあ売り物にならんやつさね。だがやつらにゃ食い物になる」
「成程。それでやってきたところを狩ろうってわけだ」
「でも、石食い(シュトノマンジャント)はちゃんとあれが石だってわかるのかな」
「あたしら土蜘蛛(ロンガクルルロ)が目で見て肌で感じるように、石食い(シュトノマンジャント)も石の匂いがわかる……らしい。ま、それでもすぐには来ないだろうから、少し休もうかね」

 三人は広間から出て、革袋のよく見える横道に腰を下ろして休むことにした。





用語解説

・ないときもある。