前回のあらすじ
無事地竜を倒した一行。
問題はこれをどうするかだが。
「さて。とりあえず試験は済んだけど、これどうしましょうかね」
「俺が聞きてえよ……」
無事豚鬼の討伐証明は得られたが、問題は地竜の方である。
「見なかったことにするってのは?」
「そうしてえのはやまやまなんだけどよ、地竜速報ってのがあるんだ」
「速報」
ハキロの語るところによれば、地竜というものは魔獣というよりもはや天災として数えられているらしく、それを発見した場合は速やかに情報を共有することで、現在地竜がどのあたりにいるか、どの程度の速度なのかをもとに避難警報を作り、どうしようもなく避難が不可能な要所であるとかの場合を除いて、逃げの一手であるらしい。
またこうして地竜の情報を共有することで、今後地竜の通るルートの予想や、地竜の発生ポイントなどを予想するらしい。
「幼体とはいえ、こんなに人里に近づいているってのはマジでヤベえんだ。むしろ幼体ってのがヤベえ。なにしろどっか近いところで孵化したってことだからほんとヤベえんだ」
動揺のあまり語彙力が死亡しているハキロに詳しく聞いたところ、つまりこういうことであるらしい。
幼体を発見したということは、卵が孵化した地点が近いということである。地竜が一度に卵をいくつ産み、そのうちいくつが孵化するのか、孵化するとしてそれまでにどれくらいかかるのか、また卵は地竜自身が暖めるのか、それとも放置しているのか、そのあたりはあまりにも危険な生き物なので研究が進んでいないようだが、最悪を想定すればいくつかの卵がすでに孵化して、近隣へと幼体が足を伸ばしている可能性があるのだ。
「だから急いで報告しなきゃなんねえんだけど、こんなもんどう報告しろってんだよ……」
「素直に報告するほかないんじゃ……」
「新人二人が地竜の幼体を見つけて倒しちまいましたってか? 頭がおかしくなったと思われるぜ」
二人は顔を見合わせた。
地竜というものの脅威がいまいちわかっていないのだが、今のちょっとしたボスクラスの敵がただのひななのだとすれば、大人の地竜がどれくらい危険なのかは想像がつく。
いわばこれは、冒険に出たばかりのひのきの棒装備で四天王の一角を崩したくらいの衝撃なのだろう。たとえが正しいのかどうかを確認できる相手はこの世界には存在しないのだが。
三人はしばしうなり、そして紙月がふと思いついた。慣れようと思って豚鬼の耳を革袋越しに触っていた時のことである。
「討伐証明はどこなんです?」
「はァ?」
「地竜の討伐証明」
「そんなもん知るわけねえだろ、討伐したなんて話聞かねえぞ」
「じゃあどこでもいいから、それっぽい部分持っていけば証拠になるんじゃ?」
「…………なると思うか、あれ?」
「……見る人が見てくれれば」
「だよなあ」
なにしろ、丸々一体ほぼ無傷で残っているとはいえ、普通の戦闘とは思えぬ衰弱死した状態である。
これは、戦闘の末に倒したと説明するより、つまみ食いした豚鬼が悪性の寄生虫でも腹に飼っていて、それに感染した結果腹を下して衰弱死したと言われた方がまだ納得できるだろう。
「うー、でも、それしかねえもんな。よし、俺も精いっぱい説明するから、お前らも頼む」
「わかりました。信じてもらえねえと、地竜の被害が拡大するかもしれねえんでしょ?」
「そうだ。最悪、もうすでに被害が出てるかもしれねえから、急がねえとな」
三人はしばし地竜の体を検分して、やはり一番わかりやすかろうということで首を持っていくことにした。牙や爪だけでは信用されないかもしれないが、首となればさすがに一個体がいたということは説明できるだろう。
切り落とすにあたっては未来が首を掴んでいっぱいに伸ばした状態で、ハキロが斧を振り下ろしたのだが、衰弱死してもなお地竜と言ったところか、所詮最下級冒険屋と言ったところか、斧の方が、欠けた。
仕方がなく今度は紙月が強化魔法をかけて試してみたところ、今度は欠けなかったものの、弾かれる。いよいよもって三十六連強化魔法という大人げなさを発揮して何度となく切りつけて、ようやく首を切り落とすことに成功したものの、これには一同、安堵するよりも恐怖した。
「物理攻撃ほぼ効かねえんじゃねえのかこいつ」
「普通は軽い魔法も弾くらしい。お前の特殊な奴だからどうにかなったんだろうな」
「子供でこれってことは、大人は手に負えないんじゃないの?」
顔を見合わせたが、いい色は見当たらなかった。
一行はとにかく急げと首を抱えて、抱えようとして、なんとか未来が抱え上げたもののまともに歩けたものではなく、難儀した。
「一旦インベントリ入れねえか?」
「そうだね」
ゲーム脳の二人が獲得アイテムとしてインベントリに放り込むと、ハキロは目を丸くした。
「《自在蔵》か? それにしたってすげえ容量だな。それにどこに……?」
「あー、企業秘密ってことで」
ともかく嵩張らなくて済んだが、ハキロはしばらく、重さは変わらないはずなのだがと首を傾げながら、それでも無理に納得しながら、馬車に辿り着くや走らせ始めた。それどころではないのである。
そして困惑していたのは二人もであった。
「紙月、良く歩けるよね。いつも重量ぎりぎりなのに」
「それが、どうもこの首、重量値が設定されてないっぽいんだよな」
「どういうこと?」
「そもそものゲーム内アイテムはほら、重量値とか、説明とか出るだろ」
「うん」
「でもこの首は何にも書いてねえんだよ。この世界のものは設定がついてないのかもしれん」
「……誰の?」
「誰のっていうか、何の、設定なんだろうなあ」
《エンズビル・オンライン》においては、全てのアイテムに重量値が設定されていた。そしてそれは、プレイヤーキャラクターの力強さや生命力から算出される所持限界量までしか持ち運べなかった。限界に近付けば移動速度に制限が付き、限界以上には持つこともできない。そういう制限があった。
この世界ではそれに類する制限がない、もしくは忘れられているのか。或いは面倒臭かったのか。
誰が? 或いは何が?
紙月たちをこの世界に連れてきた何者かなのだとすれば、それは本当に、何者だというのだろうか。
「……丸々持ち運べたんじゃ」
「えっ」
「地竜の体さ、丸々持ち運べたんじゃないか?」
「あっ」
「かといって今から戻ってくれとも言えねえし、それにさっきのでも大分驚かれたから、今後は自重しねえとな」
「《自在蔵》っていったっけ。アイテムボックスみたいなものかな。今度どんなものか確認しないとね」
そんなことよりもプレイヤーにとっては目下の現実の方が大事なわけだが。
「おい、二人とも! ちょっと近くの村に寄ってくぞ!」
「急ぎじゃないんですか?」
「急ぎは急ぎだが、こっちも急ぎだ!」
馬を駆るハキロが説明するところによれば、近くで地竜の幼体が見られたからには、近隣の村にもすぐに出るかもしれない。だからここで説明して、村同士で連絡を回してもらおうということだった。
「それも速報ですか?」
「んにゃ、だが少しでも被害は減らさにゃならんだろ!」
「よしきた!」
その返事を紙月は気に入った。
「馬よ急いでくれ、疲れは気にしなくていいぞ!」
「おう、なんだ!?」
「《《回復》》! 《回復》! おまけに《回復》!」
馬車を引く狗蜥蜴たちは、全身を包む光の温もりに見る間に元気を取り戻し、疲れなどないように駆け続ける。
「お前回復魔法まで使えるのか!?」
「一番簡単なのだけね!」
そう、一番簡単な物だけ。ただし、それを全ての魔法に渡って覚えている。《エンズビル・オンライン》において《魔術師》が覚えられるすべての魔法の最下級《技能》を余さず覚えている。
千知千能。
それこそが紙月の強みにして、イカレているとたたえられた《選りすぐりの浪漫狂》としての本質。
「よし、この調子ならどこまでも飛ばせるぜ!」
ハキロの駆る馬は瞬く間に村に辿り着いたが、村の反応は芳しくなかった。
というのも、農村の人間というのは大地にすがって生きているものだからだった。見えもしない、来るかどうかもわからない脅威に備えてくれと言われても、ましてやそれが余所者の冒険屋からとなれば、とても聞けた話ではない。
これが地竜の被害に遭ったことのあるものが一人でもいれば話は違ったかもしれないが、地竜などというものは、本当に滅多にないから天災なのだ。
「コメンツォさんはいるか!」
しかしここで顔なじみがいるのが助かった。
村人は早々に二人の顔、正確には一人の顔と一人の鎧姿を忘れるほど薄情ではなかったし、二人から受けた恩をしっかり覚えていた。
「森の魔女様だ!」
「お連れの騎士様もおるぞ!」
「どうした、どうした」
「おお、コメンツォさん!」
「やあ、どうした、もう帰ってきたのか!?」
コメンツォに訳を話すと、最初はいくら何でもと肩をすくめたが、証拠の地竜の首を見せると、すぐに顔色を変えた。
「小さいが、確かに地竜だ」
「わかるのかい?」
「以前一度、避難誘導で近くまで行ったことがある。これは恐らく幼体だろうが、よくもまあ」
コメンツォはすぐに村長にこれを話し、村長はすぐに村全体に注意を促した。また足の速いものを集めて、近隣の村にすぐにも伝えてくれた。
地竜はこちらから手を出さなければ追いかけてはこないが、腹が減れば足も速くなるし、進路上にあるものは何でもお構いなしだ。畑であろうと、家畜であろうと、人であろうと、建物であろうと、容赦はない。迂闊に手を出していいものではないし、隠れるよりも、逃げる方が賢明だ。
もし怒らせれば、あのブレスがあちこちを焼き尽くすだろう。
迅速な対応に助かったとはいえ、
「いいか! 森の魔女様のお達しだ! 必ず伝えろ!」
「魔女様に誓って!」
この呼び名には、参った。
用語解説
・強化魔法
正式名称《強化》。使用した対象の攻撃力をシンプルに底上げする魔法《技能》。《魔術師》は自身に使っても大したことがないので、仲間の支援に使うのが普通。重ねがけが効くが、持続時間と《待機時間》を考えると、素直に上位のスキルを使った方が効率は良い。
『《強化》は使い過ぎると感覚を狂わせる。強化された強さを自分の本当の強さと勘違いしてはならん。特に年取ってからはな。おー、いてて』
・千知千能
すべての魔法の一番最初等のものを網羅しているという無駄の極み。ただしこれに三十六重詠唱がつくと「不具合」「公式の敗北」呼ばわりされる破壊力を誇る。
もっとも、最初等魔法のみで多重詠唱を三十六個揃え、レベルを最大まで上げ、有効活用できる装備を揃え、という苦行を考えると、最初から普通に育てたほうが普通に強いが。
無事地竜を倒した一行。
問題はこれをどうするかだが。
「さて。とりあえず試験は済んだけど、これどうしましょうかね」
「俺が聞きてえよ……」
無事豚鬼の討伐証明は得られたが、問題は地竜の方である。
「見なかったことにするってのは?」
「そうしてえのはやまやまなんだけどよ、地竜速報ってのがあるんだ」
「速報」
ハキロの語るところによれば、地竜というものは魔獣というよりもはや天災として数えられているらしく、それを発見した場合は速やかに情報を共有することで、現在地竜がどのあたりにいるか、どの程度の速度なのかをもとに避難警報を作り、どうしようもなく避難が不可能な要所であるとかの場合を除いて、逃げの一手であるらしい。
またこうして地竜の情報を共有することで、今後地竜の通るルートの予想や、地竜の発生ポイントなどを予想するらしい。
「幼体とはいえ、こんなに人里に近づいているってのはマジでヤベえんだ。むしろ幼体ってのがヤベえ。なにしろどっか近いところで孵化したってことだからほんとヤベえんだ」
動揺のあまり語彙力が死亡しているハキロに詳しく聞いたところ、つまりこういうことであるらしい。
幼体を発見したということは、卵が孵化した地点が近いということである。地竜が一度に卵をいくつ産み、そのうちいくつが孵化するのか、孵化するとしてそれまでにどれくらいかかるのか、また卵は地竜自身が暖めるのか、それとも放置しているのか、そのあたりはあまりにも危険な生き物なので研究が進んでいないようだが、最悪を想定すればいくつかの卵がすでに孵化して、近隣へと幼体が足を伸ばしている可能性があるのだ。
「だから急いで報告しなきゃなんねえんだけど、こんなもんどう報告しろってんだよ……」
「素直に報告するほかないんじゃ……」
「新人二人が地竜の幼体を見つけて倒しちまいましたってか? 頭がおかしくなったと思われるぜ」
二人は顔を見合わせた。
地竜というものの脅威がいまいちわかっていないのだが、今のちょっとしたボスクラスの敵がただのひななのだとすれば、大人の地竜がどれくらい危険なのかは想像がつく。
いわばこれは、冒険に出たばかりのひのきの棒装備で四天王の一角を崩したくらいの衝撃なのだろう。たとえが正しいのかどうかを確認できる相手はこの世界には存在しないのだが。
三人はしばしうなり、そして紙月がふと思いついた。慣れようと思って豚鬼の耳を革袋越しに触っていた時のことである。
「討伐証明はどこなんです?」
「はァ?」
「地竜の討伐証明」
「そんなもん知るわけねえだろ、討伐したなんて話聞かねえぞ」
「じゃあどこでもいいから、それっぽい部分持っていけば証拠になるんじゃ?」
「…………なると思うか、あれ?」
「……見る人が見てくれれば」
「だよなあ」
なにしろ、丸々一体ほぼ無傷で残っているとはいえ、普通の戦闘とは思えぬ衰弱死した状態である。
これは、戦闘の末に倒したと説明するより、つまみ食いした豚鬼が悪性の寄生虫でも腹に飼っていて、それに感染した結果腹を下して衰弱死したと言われた方がまだ納得できるだろう。
「うー、でも、それしかねえもんな。よし、俺も精いっぱい説明するから、お前らも頼む」
「わかりました。信じてもらえねえと、地竜の被害が拡大するかもしれねえんでしょ?」
「そうだ。最悪、もうすでに被害が出てるかもしれねえから、急がねえとな」
三人はしばし地竜の体を検分して、やはり一番わかりやすかろうということで首を持っていくことにした。牙や爪だけでは信用されないかもしれないが、首となればさすがに一個体がいたということは説明できるだろう。
切り落とすにあたっては未来が首を掴んでいっぱいに伸ばした状態で、ハキロが斧を振り下ろしたのだが、衰弱死してもなお地竜と言ったところか、所詮最下級冒険屋と言ったところか、斧の方が、欠けた。
仕方がなく今度は紙月が強化魔法をかけて試してみたところ、今度は欠けなかったものの、弾かれる。いよいよもって三十六連強化魔法という大人げなさを発揮して何度となく切りつけて、ようやく首を切り落とすことに成功したものの、これには一同、安堵するよりも恐怖した。
「物理攻撃ほぼ効かねえんじゃねえのかこいつ」
「普通は軽い魔法も弾くらしい。お前の特殊な奴だからどうにかなったんだろうな」
「子供でこれってことは、大人は手に負えないんじゃないの?」
顔を見合わせたが、いい色は見当たらなかった。
一行はとにかく急げと首を抱えて、抱えようとして、なんとか未来が抱え上げたもののまともに歩けたものではなく、難儀した。
「一旦インベントリ入れねえか?」
「そうだね」
ゲーム脳の二人が獲得アイテムとしてインベントリに放り込むと、ハキロは目を丸くした。
「《自在蔵》か? それにしたってすげえ容量だな。それにどこに……?」
「あー、企業秘密ってことで」
ともかく嵩張らなくて済んだが、ハキロはしばらく、重さは変わらないはずなのだがと首を傾げながら、それでも無理に納得しながら、馬車に辿り着くや走らせ始めた。それどころではないのである。
そして困惑していたのは二人もであった。
「紙月、良く歩けるよね。いつも重量ぎりぎりなのに」
「それが、どうもこの首、重量値が設定されてないっぽいんだよな」
「どういうこと?」
「そもそものゲーム内アイテムはほら、重量値とか、説明とか出るだろ」
「うん」
「でもこの首は何にも書いてねえんだよ。この世界のものは設定がついてないのかもしれん」
「……誰の?」
「誰のっていうか、何の、設定なんだろうなあ」
《エンズビル・オンライン》においては、全てのアイテムに重量値が設定されていた。そしてそれは、プレイヤーキャラクターの力強さや生命力から算出される所持限界量までしか持ち運べなかった。限界に近付けば移動速度に制限が付き、限界以上には持つこともできない。そういう制限があった。
この世界ではそれに類する制限がない、もしくは忘れられているのか。或いは面倒臭かったのか。
誰が? 或いは何が?
紙月たちをこの世界に連れてきた何者かなのだとすれば、それは本当に、何者だというのだろうか。
「……丸々持ち運べたんじゃ」
「えっ」
「地竜の体さ、丸々持ち運べたんじゃないか?」
「あっ」
「かといって今から戻ってくれとも言えねえし、それにさっきのでも大分驚かれたから、今後は自重しねえとな」
「《自在蔵》っていったっけ。アイテムボックスみたいなものかな。今度どんなものか確認しないとね」
そんなことよりもプレイヤーにとっては目下の現実の方が大事なわけだが。
「おい、二人とも! ちょっと近くの村に寄ってくぞ!」
「急ぎじゃないんですか?」
「急ぎは急ぎだが、こっちも急ぎだ!」
馬を駆るハキロが説明するところによれば、近くで地竜の幼体が見られたからには、近隣の村にもすぐに出るかもしれない。だからここで説明して、村同士で連絡を回してもらおうということだった。
「それも速報ですか?」
「んにゃ、だが少しでも被害は減らさにゃならんだろ!」
「よしきた!」
その返事を紙月は気に入った。
「馬よ急いでくれ、疲れは気にしなくていいぞ!」
「おう、なんだ!?」
「《《回復》》! 《回復》! おまけに《回復》!」
馬車を引く狗蜥蜴たちは、全身を包む光の温もりに見る間に元気を取り戻し、疲れなどないように駆け続ける。
「お前回復魔法まで使えるのか!?」
「一番簡単なのだけね!」
そう、一番簡単な物だけ。ただし、それを全ての魔法に渡って覚えている。《エンズビル・オンライン》において《魔術師》が覚えられるすべての魔法の最下級《技能》を余さず覚えている。
千知千能。
それこそが紙月の強みにして、イカレているとたたえられた《選りすぐりの浪漫狂》としての本質。
「よし、この調子ならどこまでも飛ばせるぜ!」
ハキロの駆る馬は瞬く間に村に辿り着いたが、村の反応は芳しくなかった。
というのも、農村の人間というのは大地にすがって生きているものだからだった。見えもしない、来るかどうかもわからない脅威に備えてくれと言われても、ましてやそれが余所者の冒険屋からとなれば、とても聞けた話ではない。
これが地竜の被害に遭ったことのあるものが一人でもいれば話は違ったかもしれないが、地竜などというものは、本当に滅多にないから天災なのだ。
「コメンツォさんはいるか!」
しかしここで顔なじみがいるのが助かった。
村人は早々に二人の顔、正確には一人の顔と一人の鎧姿を忘れるほど薄情ではなかったし、二人から受けた恩をしっかり覚えていた。
「森の魔女様だ!」
「お連れの騎士様もおるぞ!」
「どうした、どうした」
「おお、コメンツォさん!」
「やあ、どうした、もう帰ってきたのか!?」
コメンツォに訳を話すと、最初はいくら何でもと肩をすくめたが、証拠の地竜の首を見せると、すぐに顔色を変えた。
「小さいが、確かに地竜だ」
「わかるのかい?」
「以前一度、避難誘導で近くまで行ったことがある。これは恐らく幼体だろうが、よくもまあ」
コメンツォはすぐに村長にこれを話し、村長はすぐに村全体に注意を促した。また足の速いものを集めて、近隣の村にすぐにも伝えてくれた。
地竜はこちらから手を出さなければ追いかけてはこないが、腹が減れば足も速くなるし、進路上にあるものは何でもお構いなしだ。畑であろうと、家畜であろうと、人であろうと、建物であろうと、容赦はない。迂闊に手を出していいものではないし、隠れるよりも、逃げる方が賢明だ。
もし怒らせれば、あのブレスがあちこちを焼き尽くすだろう。
迅速な対応に助かったとはいえ、
「いいか! 森の魔女様のお達しだ! 必ず伝えろ!」
「魔女様に誓って!」
この呼び名には、参った。
用語解説
・強化魔法
正式名称《強化》。使用した対象の攻撃力をシンプルに底上げする魔法《技能》。《魔術師》は自身に使っても大したことがないので、仲間の支援に使うのが普通。重ねがけが効くが、持続時間と《待機時間》を考えると、素直に上位のスキルを使った方が効率は良い。
『《強化》は使い過ぎると感覚を狂わせる。強化された強さを自分の本当の強さと勘違いしてはならん。特に年取ってからはな。おー、いてて』
・千知千能
すべての魔法の一番最初等のものを網羅しているという無駄の極み。ただしこれに三十六重詠唱がつくと「不具合」「公式の敗北」呼ばわりされる破壊力を誇る。
もっとも、最初等魔法のみで多重詠唱を三十六個揃え、レベルを最大まで上げ、有効活用できる装備を揃え、という苦行を考えると、最初から普通に育てたほうが普通に強いが。