「ガイシャは銀行員か」
 課長が、遺留品から把握した情報を呟く。現場には、血肉の他に被害者の持ち物と思しき物も散らばっていた。
 回収された物の中に行員証と免許証が在り“本人のもので在れば”、三件目の被害者は銀行員らしい。

 ……らしい、と言うのは、遺体の顔も滅茶苦茶だからだ。切り傷こそ頭を庇うのか少ないが、体がぼろぼろで在るように殴る蹴るされたか、ぼこぼこに腫れていた。ゆえに解剖が終わって、ようやく本人だと判明している始末だ。遺体はもう運び出されている。遅からず、身元は確認出来るだろう。
「銀行員……一件目とも二件目とも違いますね。どこのだったんですか?」
 遅れた昏木が聞くに、その行員証は大手銀行のものだった。

「一件目は不動産屋、二件目は証券会社だったか」
「業界的なことは措いて、会社同士も繋がりは見当たらず……辛うじて銀行となら個人レベルの接点が在りそう、くらいでしょうか」
「まぁ大手だし、企業間に無くても個人レベルは在りそうですよね。あとはみんな、名前がわかるようなところに勤めるエリート、ってとこっすかね」
 口々に捜査員の刑事たちが言う。他に在るとすれば、……沙汰が零す。
「年齢も、同年代ですかね。免許証で見た限りですが」

 被害者は全員が二十代半ば。大学を卒業し、仕事も落ち着いたころ、と言ったところだ。
「一件目と二件目は身辺を洗っても何も出なかったんだったな。……この三件目で出てくれりゃあ良いが」
 ぼやく課長に、全員が黙って同意した。不謹慎に聞こえるかもしれないけれど、これまで捜査に動員されていた捜査員はついつい課長に同調してしまう。

 何せ一件目二件目共に、大学時代以前の中学高校、果ては小学校入学前まで遡っても接点が見付からなかったのだ。
 大学も別なら中学高校も別。勿論小学校も違い……そもそも出身地すら被っていなかった。
 このネット社会、現実に無くてもネットで知り合ったなんてことも、よく在る話だ。けど、一件目と二件目の被害者にはネットでの繋がりも無かった。これ以前にSNSですら、現実の知り合いしかいない。二件ともが。

 こうなると、無差別の可能性が俄然高まるのだけれど、冗談では無い。
 都内でこんな残忍極まる事件が、無差別で起きて良いはずが無いし、起きているならとんでもない事態だ。
 課長のぼやきも、わからいでか、と言うところ。

 痛い頭を抱える捜査員を余所に、考え込んでいた「……あの、」昏木が声を発した。
「どうした昏木。ガイシャの写真なら在るぞ」
 遅れて来た昏木のために、課長が現場写真のデータが入ったタブレットを寄越して来る。有り難く受け取りつつも昏木は「ありがとうございます。でも、そうじゃなくて」否定した。

「ずっと考えていたんですが……もしかしてガイシャが、消しているんじゃないでしょうか」
「ガイシャが消している……? 何をだ」
「接点」
 昏木の発言に捜査員は目配せし合う。課長と沙汰だけが平静で。

「ガイシャがか? 随分突拍子も無いな」
「どうしてそう思うんだ?」
 課長と沙汰の問いに、昏木は逆に「おかしいと思いませんか」訊き返した。
「きれい過ぎるんです」

 被害者の携帯端末は、PCもタブレットもスマートフォンも無事だった。当然、捜査では洗い浚い中のデータを見る。
 一件目も二件目も、公私問わずメッセージのやり取りや何らかの使用履歴は残っていた。けれども、そのどれもが簡素で、当たり障りの無いものばかりだったのだ。
 愚痴の一つ二つは在るけども、それもごくごく平凡な、人付き合いでは在るだろう程度の内容だった。

「どのソフトもアプリも、履歴にまったくの偏りが見られない。ネット検索やアクセス履歴まで。まるで、いつ誰に見られても良いみたいに、常に整理してるようにしか見えません」
 人間が生きていれば、趣味趣向は在り、携帯端末などのツールには特に反映されがちだ。だけど。
 被害者の端末は一件目二件目、どちらもどの機器にも、生きた人間の性癖を感じさせるものは皆無だった。

「確かに。個人の専用端末なら、エロサイトの一つでも、残ってても良いもんだしな」
「エロサイトはともかく、ゲームとかでも漫画でも、好みは出ますもんね。コレも無かったような……? え、仕事用でも無いのに、娯楽が一つも無い……?」
 他の捜査員たちも、昏木の指摘に被害者たちの端末を思い起こし、首を傾げ出した。

「端末内の写真にしても動画にしても、別人の端末で別人が撮ったにも関わらず、似通ったものだらけです。同一人物のものと言われるほうが、しっくり来る程に」
「……言われてみたら、被写体の違いは在れど、何て言うんだ? 雰囲気? 設定? は同じだったな……」
「人間関係も家族と恋人、友達に職場……簡潔過ぎるんです。こうと決めたものしか入れてない。そう言う人間もいるでしょうけれど……一件目も二件目も、SNSでさえ限定的。裏アカも無い。僕には、わざと消しているようにしか見えませんでした」
「でなきゃ、他に端末が在るか、か……」

 昏木の言を引き継いで沙汰が洩らす。課長が呻いた。こう言った端末には、課長にも少々覚えが在った。
「紋切型で無個性の端末を複数持ち……犯罪者が使う手だな」
 犯罪に手を染めている人間は、複数台の端末を用途別に分け、使用後は履歴を削除する。こうして徹底的に管理し、通話記録も通信記録も痕跡の一切を残さない。

「でも、課長。二件とも、ガイシャは大学を出たばかりの一般人ですよ?」
「しかもエリートのボンボンですし……さすがに昏木の考え過ぎなのでは?」
「……わからんさ。現代はどんなことでも、それこそSNSでお手軽に集まれる時代だろう?」
 課長は捜査員の異議を往なし、ふーっと深く息を吐き、昏木に向き直る。

「昏木。そこまで気になるなら、やってみろ。沙汰は昏木とその線で捜査だ。良いな」
「はい。ありがとうございます」
「わかりました」
 課長の判断に昏木は笑って礼をし、沙汰は素直に頷いた。元よりコンビの沙汰に、昏木と行動を共にすることは何の異論も無い。昏木の言うことも一理有り、捜査とは事件性を潰すことだからだ。

 そんなことよりも。

「……」
「……」
 沙汰は、昏木がふと視線を流すのが気になって仕方なかった。
 昏木が見遣る先には、血の滴る木々が在った。
 被害者の血肉が、クリスマスツリーの飾りの如く絡まっていた木々だ。

 だけれど。
 昏木が見据えるのは“その木の向こうで在る”ことを、沙汰は知っていた。

 “その木の向こう”の、『何か』で在ることを。