ある日、突然、危機は訪れた。
 妹香のソロライブをなんと、あの日本武道館で、開催するという。
 それは喜ばしいのだが、3部構成となっており、練習も含めると15時間もステージに立っていないと、いけない。
 由々しき事態だ。
 マネージャーさんが、俺に相談してきた。

 
「兄くん、今回のライブ。どうすればいいかな? 妹香ちゃんの発作は、日に日に間隔が狭くなっているわ」
「確かにそうですね……」
「スタッフも大勢いるから、逃げ場がない。兄くんが“ドッキング”して、発作の罪を被ることも不可能だと思うわ。今回ばかりはお手上げよ……」
「安心してください。こんなこともあろうかと、俺が秘策を考えていました」
「本当!? 是非とも教えて!」
 

 ライブ、当日。
 武道館には、1万人を越えるファンたちで賑わっていた。
 俺は裏方として、極秘に参加。
 照明や音響の指揮を任されている。

 ステージに立つ妹香には、俺が予め用意していたネックレスを、首元にかけるよう渡しておいた。
 飾りとして、小さなピンクのハートがある。
 それが今回の秘策の1つだ。

 妹香がバックバンドと共に、軽快なテンポのポップソングを歌いだす。
 ステップを踏んで、可愛らしいダンスも一緒に。

 数時間後。武道館は最大に盛り上がっていた。
 俺はステージ裏でスマホと睨めっこ。

『武道館のみんな~ 今日は妹香のためにありがとぉ~!』

「「「うぉぉぉぉ!!!」」」

 歓声が上がる。

『次の曲、行くね~ 釘付けに要注意♪ “妹香のまいっちゃうぞ”』

 その時だった。
 手に持っていたスマホの画面がチカチカと光り出す。
 ステージを確認すると、妹香が踊りながら、首元のハートを人差し指で押さえている。
(発作の合図だ)

「今だ!」
 マネージャーさんから、事前にもらっていたトランシーバーを手に持ち、全スタッフに指示を出す。
「みなさん、今です!」

 その瞬間。ステージは暗転する。
 どよめく観客目掛けて、舞台下からエアーショットをお見舞い。
 ガス圧によって空中に放たれた、色とりどりのテープが方々へと散らばる。
 まるで花火のように。

 放たれたテープには、色んな香水が仕込んである。
 爆音と共に、悪臭も全てかき消すという……俺が考えた秘策。
 これならば妹香の凄まじい屁を、ステージ上で堂々と何発も出せるし、誰にもバレない。
 明かりが戻ると、キレイな歌声が流れ出す。

 煌びやかな舞台上で、歌って踊る妹を見て、俺は涙を流す。

「妹香……お前は世界で一番の妹だ」

 これからもずっと。

  了