月日は経ち、桜の木のピンク色が緑に変わった頃だった。夏休みに入り、美術部は参加自由とのこと。宿題は計画を立ててやる主義なので一日暇な時間がある私にとって、絵を描くというのは有意義な時間だった。なのでやる気のある日は参加するようにしている。
ある日のこと。蝉の鬱陶しい声と、木漏れ日、少し汗で滲んで、心地の良くない制服を身にまとった私はキャンバスとにらめっこをしていた。
美術部は、毎年この季節になると県の絵画コンテストに応募しなければならないのだ。
毎年お題は変わっていて、今年は「大切なもの」だそう。
私にとって大切なものとはなんなのか、自分でも分からずじまいで困っているところだった。
今日はサッカー部も部活があるそうで、そういう日は優斗と一緒に登校している。
今日は他校との練習試合だと張り切っていた彼は、とても輝いて見えた。そういう1面も好きだなと夏の風を感じながら思った。
窓から校庭を覗いてみると案の定試合をしていて、彼はスタメンでアタッカーらしい。気晴らしに観戦していると、なんと彼はゴールを決めたのだ。私は1人で凄い凄いと盛り上がってしまった。美術室には他の生徒がいたというのに。我に返った私は恥ずかしくなりぺこりとお辞儀をしてから座ってため息をつく。
ため息すると、幸せも一緒に逃げるからだめだよなんて、優斗が小学校の時に教えてくれたっけ。当時はそれを意識して気をつけていたけれど、今となればため息って勝手にしてしまうものだなと思い、事後後悔するという形である。
私にとって、この景色は大切だなと感じた。この立ち位置だけは、誰にも取られたくないなんて、思ってしまった。
そこで私は閃いた。今年の絵は「優斗のサッカーをしている姿」なんてどうだろうか。私にとって彼がサッカーをしている姿はどんな時より1番大切であると感じている。
私はお題が決まった喜びと、私の日常に優斗がいるんだという事を形に残せる事が嬉しくて、その日はその絵の構造を描くのがとても捗って楽しかった。優斗がサッカーボールをゴールに向かって蹴る姿。前日の雨で少しぬかるんでいた校庭の中で、全力でプレイする姿。まだ絵を描く実力はあんまり高くないけど、自分の今の力を最大限使って最高の絵を完成させたいと未来は思った。
応募締切まで残り約1ヶ月。宿題のスピードを上げ、なるべく絵に没頭させたいと意気込んだ。
朝は学校に行き、絵を描く。夕方に下校して宿題をして寝る。そのような生活をし始めて1ヶ月が経ち、夏休み最終日。
明日から9月が始まり、肌寒さを感じる月が始まると朝食を食べている時に流れていたニュースで言っていた。
ふぅと小さな息が口から溢れる。学校に着いて絵を描き始めてから約2時間が経った休憩時、窓の奥を眺めると、いつもサッカー部が練習試合をしている時間なのだ。私は休憩を兼ねていつも優斗のサッカーをしている姿を眺めている。
絵の方も今日で完成出来るほどの進みになっている。これを美術部担当の先生に渡して結果を待つのみ。
今までの絵の比べると、自分の成長を感じられる作品になったと思う。
青空の下でシュートをしようとしている優斗の姿。これからも、この姿を見ていきたい。本当は横に並びたいなんて思っているけれど、その立ち位置にいれるのは愛1人だけなんだ。
いつもこうやってネガティブに考えてしまう。
そんな自分に嫌気がさす。心の疲れを表すようなため息がまた溢れた。
私は頭の中からネガティブな言葉を消して、絵に打ち込んだ。
パレットに絵の具を出して、筆で滑らせる。あとは、太陽を描いて終わりだ。白、黄色、赤。白を土台にして黄色と赤を少しずつのせて調整する。たしか先生がそう言ってた気がするなと過去の記憶を頼りにしながら筆を滑らせていく。難しいけれど、優斗がいる世界には絶対に必要なものだから頑張らなくてはと未来は意気込んだ。
集中していて、あっという間に夕日が美術室を照らしている時間となっていた。ここは夏休みの始めにワックスで綺麗にしていたので、夕日のオレンジ色が輝いていた。まるで天の川のようだった。絵の具の匂いが漂っているこの教室が私は好きだった。外を見てみると既にサッカー部は終わっていて誰の姿も見えなかった。時計を確認するとあと少しで6時なろうとしていた。終わるのいつもより早いなとか、今日は一緒に帰れないのかとか考えていたらドアの方から音がした。誰かがノックしたのだ。
顧問の先生が様子を見に来たか、警備員の人が帰るように見回りをしているかだと思った私は素直をドアを開ける。
「未来、終わった?暗くなる前に帰ろ」
予想外の人がいて、持っていた筆を落とすところだった。私は閉め方を忘れたかのように口をぽかんと開けて彼を見つめてしまった。
彼はなんて顔してんだよと言いながら、くしゃっと顔を笑顔に染めた。優斗は私の頭を撫でて美術室の中に入った。
私は撫でられた事に微笑みを堪えていた。
「なんの絵描いてんの?」
私は焦った。今思えば、彼が知らぬ間に自分の絵を描かれていたなんて知ったら気分が悪くなるのではないかと。
そう考えたら血の気が引いてきて、先程よりも焦って筆を落としてしまった。
「あー!見ちゃ、だめ!絶対!」
「えー、なんで?」
彼はからかうように微笑んだ。私にとっては一大事だというのに。
「なんでも何も…とにかくだめ!」
「そんなに言われたら余計見たくなる」
彼はそう言うと私のパレットの方へと歩き出した。私は急いで筆を拾って彼を止めるように色々志すも意味がなく終わってしまった。
彼は私が完成させた絵を見ると体を硬直させていた。私から見ても分かるくらい目を見開いて驚いていた。
ああ、終わった。引かれてしまった。
そう思っていたら意外な言葉が聞こえてきた。
「綺麗」
「…へ?」
「だから、凄く綺麗。なんか、心が吸い込まれていったっていうか、なんだろう。とにかく、凄い」
「え、あ、ありがとう」
「この、サッカーしてるのって、俺?」
私の方を向いて尋ねてきた彼は夕日に染まっていてとても綺麗だった。
「…うん。あ、勝手にごめんね」
「なんで?」
「いや、なんか嫌じゃない?自分の知らないところで自分の絵描かれてるって」
私は自分の気持ちをありのまま彼に伝える。他に例え方が分からなかったという理由もあるけれど、彼なら受け入れてくれるかもなんて期待していた。
「そうかな、俺はこれ見ることが出来て嬉しいよ」
「そっか…そっか、よかったぁ…」
私は安堵のあまり座り込んでしまった。
本当に良かった。そっか、嬉しいのか。
今までの1ヶ月間一生懸命頑張ってきて良かったと未来は思った。
「未来の見る世界は綺麗だね」
そんなことないよ、あなたがいるから周りも綺麗に見えるんだよ、なんて素直に伝えられる関係になれたらいいのに。
「優斗の世界も、見てみたい」
「俺絵下手だからな〜」
「ふふ、そうだね」
「そこは否定して」
こうやってふざけ合えるのも、幼なじみだからなのかな。もし、この一線を超えてしまったら、これよりも遠ざかってしまうのかな。
こういう不安って、誰でも思ってしまうと思う。今が幸せだからいいとか、今よりも離れるくらいならこのままでいたいとか。
私もそうやって思う。この思いの解決策を教えて欲しいよ。
「さ、帰ろっか」
彼の問いかけにうんと返事をして、美術室を後にした。
先生にも無事絵を渡せる事が出来て、且つ今までで1番褒められたのでとても嬉しかった。
校門を出て歩いていると、夕日があと少しで水平線の中に消えていくところだった。
明日からまた学校が始まる。私は夏休み中も通っていたから支障はないだろう。
いつもの川沿いを歩いていると突然彼がこう言った。
「もし、俺に彼女が出来たらどうする?」
「もし、俺に彼女が出来たらどうする?」
こういう時、どうして女の勘というのは当たってしまうのだろう。彼は自分からもしもの話をする時、それは大抵事実であることを私は知っている。
「幼なじみとしてもなんか悲しいかな」
幼なじみとしても、好きな人としても、悲しくないわけないじゃない。
「そうだよね。それでも未来に最初に伝えたいんだ」
お願い、その先を言わないで。あなたの前で落きたくないよ。
そんな私の願いは叶うことはなく、彼は口を開いた。
「俺、愛と付き合う事になった」
ああ、そうだよね。あなたが愛の事特別に見てることも、彼女があなたに好意を寄せていることも知ってた。知ってたよ。
「そっか、おめでと」
私の声は震えていて、涙を抑えることで精一杯だった。上を向き、涙が溢れないように堪える。やっぱり嫌だよ、悲しいよ。
この想いはどうすればいいの、教えてよ優斗。あなたへの想いはどこに、誰にあげれば無くなるの。
こんな辛い重いするなら、好きになんてならなければよかったのだ。
ううん、これは違うよね。辛いことだらけじゃなかった。頭を撫でてくれた時も、一緒に登下校した時も、好きじゃなかったら幸せだと感じる事も出来なかったのだ。
それでも思ってしまう。恋ってどうして辛くて、悲しくて、儚いのだろうかと。
幸せになる人の裏で、辛く思いをしている人がいることを分かって欲しい。自分が幸せだと感じた時、悲しい思いをしている人がいることを忘れないで欲しい。結局人間は、ないものねだりの生き物なのだから。
「未来はさ、彼氏とか作らないの?」
急な質問に驚くも、意外と私は冷静に答えることが出来ていた。
「うん」
「好きな人とかは?」
「えーとね」
ここは正直にいると答えるべきなのだろうか。もしそう言って、誰と聞かれたらどうしよう。
私の頭の中で、いくつかの問いの可能性がぐるぐると回っていた。
「いるよ」
2人の邪魔をしたいわけじゃないけど、優斗に気付いて欲しいと思っている悪魔の自分が心には存在してしまっていた。私は2人みたいに、綺麗じゃないから。
「初耳なんだけど」
既に夕日は落ちていて、彼の表情を見ることができない。反対に彼も私の表情を見ることが出来ないだろう。
「そりゃ、言った事ないからね」
だって、言ってしまったら告白になってしまうじゃないか。心臓がばくばくして、彼に音が届いていないといいななんて願っていた。
「誰なの?協力してあげよっか?」
彼は悪戯を企んでいる少年のようににししと笑った。
協力、ね。優斗が私を好きになる以外、解決策はないんだよ。
今の関係を壊したくない、彼と手を繋いだりハグをしたりする関係になりたい。私の心の中では矛盾な願い事がたくさん並んでいた。
「もう叶わないって知ってるから、大丈夫」
「そうだと分かってても、俺は想いだけでも伝えるかな」
そうしなきゃ絶対後悔するじゃん?と彼は続けて言った。
私はあなたのそういう自信に満ち溢れているところが好き。私も自信が満ち溢れるように錯覚してしまうから。私の手を引っ張っていってくれそうだから。
「後悔しないために、か」
「うん、だから未来も伝えるべきだと俺は思うよ」
「…好きだよ」
私は下を向いてボソリと呟いた。丁度立ち止まったところには街灯があって、彼の顔を見ることが出来た。
「ごめん良く聞こえなかった、もう1回言って?」
「私の好きな人は、優斗だよ…」
今度は聞こえる声で言ってしまった。もっと、胸を張って伝えたかった。
また私は俯いている。中学の時と変わらないじゃないか。
私も、変わりたい。それでも、優斗の顔を見るのが怖い。
どう思っているかな、嬉しい?悲しい?辛い?
私には分からない。それでも優斗からちゃんと言葉を聞いてこの恋に終止符を打ちたい。
「え、っと…困惑して、言葉が」
私よりも彼の方が慌てておどおどしていて、なんだか落ち着くことが出来た。いつもかっこいいのに、こういう時だけ可愛くなるところ、ずるい。
「うん、待ってる」
「未来、その、ごめん…。でも、本当に気持ちは嬉しいよ。ありがと」
うん、分かってたよ。分かってたけれど、いざ彼の口から聞くと辛すぎる。どうしよう。
彼の前で泣かないって決めたのに。最後まで可愛くいたいって思ってたのに。
それでも私の心は言うことを聞かず、瞳からは制御出来ない、悲しみの涙が溢れてきた。
最後まで迷惑かけてごめん。
「うん、知ってたよ」
「ほんと、ごめん。でも未来にはほんとに感謝してるよ、ずっと。大切な幼なじみだからこそ、それ以上を考えられなかった。」
彼は私の背中を摩ってくれた。
心臓は悲しみを感じていたのに、彼の摩る背中だけは温かく心地が良かった。
こんな時でも優しくしてくれるなんて、ずるいよ、もっと好きになっちゃうよ。
ああ、こんな時でも優しくしてくれる彼が、大好き。私はいつになったら、彼を忘れることができるだろうか。ううん、忘れることなんてない。彼との思い出は幸せな宝物でしかないから。だからいつか、私にまた大切な人が出来たら、今度は胸を張ってあなたに伝えるね。
ある日のこと。蝉の鬱陶しい声と、木漏れ日、少し汗で滲んで、心地の良くない制服を身にまとった私はキャンバスとにらめっこをしていた。
美術部は、毎年この季節になると県の絵画コンテストに応募しなければならないのだ。
毎年お題は変わっていて、今年は「大切なもの」だそう。
私にとって大切なものとはなんなのか、自分でも分からずじまいで困っているところだった。
今日はサッカー部も部活があるそうで、そういう日は優斗と一緒に登校している。
今日は他校との練習試合だと張り切っていた彼は、とても輝いて見えた。そういう1面も好きだなと夏の風を感じながら思った。
窓から校庭を覗いてみると案の定試合をしていて、彼はスタメンでアタッカーらしい。気晴らしに観戦していると、なんと彼はゴールを決めたのだ。私は1人で凄い凄いと盛り上がってしまった。美術室には他の生徒がいたというのに。我に返った私は恥ずかしくなりぺこりとお辞儀をしてから座ってため息をつく。
ため息すると、幸せも一緒に逃げるからだめだよなんて、優斗が小学校の時に教えてくれたっけ。当時はそれを意識して気をつけていたけれど、今となればため息って勝手にしてしまうものだなと思い、事後後悔するという形である。
私にとって、この景色は大切だなと感じた。この立ち位置だけは、誰にも取られたくないなんて、思ってしまった。
そこで私は閃いた。今年の絵は「優斗のサッカーをしている姿」なんてどうだろうか。私にとって彼がサッカーをしている姿はどんな時より1番大切であると感じている。
私はお題が決まった喜びと、私の日常に優斗がいるんだという事を形に残せる事が嬉しくて、その日はその絵の構造を描くのがとても捗って楽しかった。優斗がサッカーボールをゴールに向かって蹴る姿。前日の雨で少しぬかるんでいた校庭の中で、全力でプレイする姿。まだ絵を描く実力はあんまり高くないけど、自分の今の力を最大限使って最高の絵を完成させたいと未来は思った。
応募締切まで残り約1ヶ月。宿題のスピードを上げ、なるべく絵に没頭させたいと意気込んだ。
朝は学校に行き、絵を描く。夕方に下校して宿題をして寝る。そのような生活をし始めて1ヶ月が経ち、夏休み最終日。
明日から9月が始まり、肌寒さを感じる月が始まると朝食を食べている時に流れていたニュースで言っていた。
ふぅと小さな息が口から溢れる。学校に着いて絵を描き始めてから約2時間が経った休憩時、窓の奥を眺めると、いつもサッカー部が練習試合をしている時間なのだ。私は休憩を兼ねていつも優斗のサッカーをしている姿を眺めている。
絵の方も今日で完成出来るほどの進みになっている。これを美術部担当の先生に渡して結果を待つのみ。
今までの絵の比べると、自分の成長を感じられる作品になったと思う。
青空の下でシュートをしようとしている優斗の姿。これからも、この姿を見ていきたい。本当は横に並びたいなんて思っているけれど、その立ち位置にいれるのは愛1人だけなんだ。
いつもこうやってネガティブに考えてしまう。
そんな自分に嫌気がさす。心の疲れを表すようなため息がまた溢れた。
私は頭の中からネガティブな言葉を消して、絵に打ち込んだ。
パレットに絵の具を出して、筆で滑らせる。あとは、太陽を描いて終わりだ。白、黄色、赤。白を土台にして黄色と赤を少しずつのせて調整する。たしか先生がそう言ってた気がするなと過去の記憶を頼りにしながら筆を滑らせていく。難しいけれど、優斗がいる世界には絶対に必要なものだから頑張らなくてはと未来は意気込んだ。
集中していて、あっという間に夕日が美術室を照らしている時間となっていた。ここは夏休みの始めにワックスで綺麗にしていたので、夕日のオレンジ色が輝いていた。まるで天の川のようだった。絵の具の匂いが漂っているこの教室が私は好きだった。外を見てみると既にサッカー部は終わっていて誰の姿も見えなかった。時計を確認するとあと少しで6時なろうとしていた。終わるのいつもより早いなとか、今日は一緒に帰れないのかとか考えていたらドアの方から音がした。誰かがノックしたのだ。
顧問の先生が様子を見に来たか、警備員の人が帰るように見回りをしているかだと思った私は素直をドアを開ける。
「未来、終わった?暗くなる前に帰ろ」
予想外の人がいて、持っていた筆を落とすところだった。私は閉め方を忘れたかのように口をぽかんと開けて彼を見つめてしまった。
彼はなんて顔してんだよと言いながら、くしゃっと顔を笑顔に染めた。優斗は私の頭を撫でて美術室の中に入った。
私は撫でられた事に微笑みを堪えていた。
「なんの絵描いてんの?」
私は焦った。今思えば、彼が知らぬ間に自分の絵を描かれていたなんて知ったら気分が悪くなるのではないかと。
そう考えたら血の気が引いてきて、先程よりも焦って筆を落としてしまった。
「あー!見ちゃ、だめ!絶対!」
「えー、なんで?」
彼はからかうように微笑んだ。私にとっては一大事だというのに。
「なんでも何も…とにかくだめ!」
「そんなに言われたら余計見たくなる」
彼はそう言うと私のパレットの方へと歩き出した。私は急いで筆を拾って彼を止めるように色々志すも意味がなく終わってしまった。
彼は私が完成させた絵を見ると体を硬直させていた。私から見ても分かるくらい目を見開いて驚いていた。
ああ、終わった。引かれてしまった。
そう思っていたら意外な言葉が聞こえてきた。
「綺麗」
「…へ?」
「だから、凄く綺麗。なんか、心が吸い込まれていったっていうか、なんだろう。とにかく、凄い」
「え、あ、ありがとう」
「この、サッカーしてるのって、俺?」
私の方を向いて尋ねてきた彼は夕日に染まっていてとても綺麗だった。
「…うん。あ、勝手にごめんね」
「なんで?」
「いや、なんか嫌じゃない?自分の知らないところで自分の絵描かれてるって」
私は自分の気持ちをありのまま彼に伝える。他に例え方が分からなかったという理由もあるけれど、彼なら受け入れてくれるかもなんて期待していた。
「そうかな、俺はこれ見ることが出来て嬉しいよ」
「そっか…そっか、よかったぁ…」
私は安堵のあまり座り込んでしまった。
本当に良かった。そっか、嬉しいのか。
今までの1ヶ月間一生懸命頑張ってきて良かったと未来は思った。
「未来の見る世界は綺麗だね」
そんなことないよ、あなたがいるから周りも綺麗に見えるんだよ、なんて素直に伝えられる関係になれたらいいのに。
「優斗の世界も、見てみたい」
「俺絵下手だからな〜」
「ふふ、そうだね」
「そこは否定して」
こうやってふざけ合えるのも、幼なじみだからなのかな。もし、この一線を超えてしまったら、これよりも遠ざかってしまうのかな。
こういう不安って、誰でも思ってしまうと思う。今が幸せだからいいとか、今よりも離れるくらいならこのままでいたいとか。
私もそうやって思う。この思いの解決策を教えて欲しいよ。
「さ、帰ろっか」
彼の問いかけにうんと返事をして、美術室を後にした。
先生にも無事絵を渡せる事が出来て、且つ今までで1番褒められたのでとても嬉しかった。
校門を出て歩いていると、夕日があと少しで水平線の中に消えていくところだった。
明日からまた学校が始まる。私は夏休み中も通っていたから支障はないだろう。
いつもの川沿いを歩いていると突然彼がこう言った。
「もし、俺に彼女が出来たらどうする?」
「もし、俺に彼女が出来たらどうする?」
こういう時、どうして女の勘というのは当たってしまうのだろう。彼は自分からもしもの話をする時、それは大抵事実であることを私は知っている。
「幼なじみとしてもなんか悲しいかな」
幼なじみとしても、好きな人としても、悲しくないわけないじゃない。
「そうだよね。それでも未来に最初に伝えたいんだ」
お願い、その先を言わないで。あなたの前で落きたくないよ。
そんな私の願いは叶うことはなく、彼は口を開いた。
「俺、愛と付き合う事になった」
ああ、そうだよね。あなたが愛の事特別に見てることも、彼女があなたに好意を寄せていることも知ってた。知ってたよ。
「そっか、おめでと」
私の声は震えていて、涙を抑えることで精一杯だった。上を向き、涙が溢れないように堪える。やっぱり嫌だよ、悲しいよ。
この想いはどうすればいいの、教えてよ優斗。あなたへの想いはどこに、誰にあげれば無くなるの。
こんな辛い重いするなら、好きになんてならなければよかったのだ。
ううん、これは違うよね。辛いことだらけじゃなかった。頭を撫でてくれた時も、一緒に登下校した時も、好きじゃなかったら幸せだと感じる事も出来なかったのだ。
それでも思ってしまう。恋ってどうして辛くて、悲しくて、儚いのだろうかと。
幸せになる人の裏で、辛く思いをしている人がいることを分かって欲しい。自分が幸せだと感じた時、悲しい思いをしている人がいることを忘れないで欲しい。結局人間は、ないものねだりの生き物なのだから。
「未来はさ、彼氏とか作らないの?」
急な質問に驚くも、意外と私は冷静に答えることが出来ていた。
「うん」
「好きな人とかは?」
「えーとね」
ここは正直にいると答えるべきなのだろうか。もしそう言って、誰と聞かれたらどうしよう。
私の頭の中で、いくつかの問いの可能性がぐるぐると回っていた。
「いるよ」
2人の邪魔をしたいわけじゃないけど、優斗に気付いて欲しいと思っている悪魔の自分が心には存在してしまっていた。私は2人みたいに、綺麗じゃないから。
「初耳なんだけど」
既に夕日は落ちていて、彼の表情を見ることができない。反対に彼も私の表情を見ることが出来ないだろう。
「そりゃ、言った事ないからね」
だって、言ってしまったら告白になってしまうじゃないか。心臓がばくばくして、彼に音が届いていないといいななんて願っていた。
「誰なの?協力してあげよっか?」
彼は悪戯を企んでいる少年のようににししと笑った。
協力、ね。優斗が私を好きになる以外、解決策はないんだよ。
今の関係を壊したくない、彼と手を繋いだりハグをしたりする関係になりたい。私の心の中では矛盾な願い事がたくさん並んでいた。
「もう叶わないって知ってるから、大丈夫」
「そうだと分かってても、俺は想いだけでも伝えるかな」
そうしなきゃ絶対後悔するじゃん?と彼は続けて言った。
私はあなたのそういう自信に満ち溢れているところが好き。私も自信が満ち溢れるように錯覚してしまうから。私の手を引っ張っていってくれそうだから。
「後悔しないために、か」
「うん、だから未来も伝えるべきだと俺は思うよ」
「…好きだよ」
私は下を向いてボソリと呟いた。丁度立ち止まったところには街灯があって、彼の顔を見ることが出来た。
「ごめん良く聞こえなかった、もう1回言って?」
「私の好きな人は、優斗だよ…」
今度は聞こえる声で言ってしまった。もっと、胸を張って伝えたかった。
また私は俯いている。中学の時と変わらないじゃないか。
私も、変わりたい。それでも、優斗の顔を見るのが怖い。
どう思っているかな、嬉しい?悲しい?辛い?
私には分からない。それでも優斗からちゃんと言葉を聞いてこの恋に終止符を打ちたい。
「え、っと…困惑して、言葉が」
私よりも彼の方が慌てておどおどしていて、なんだか落ち着くことが出来た。いつもかっこいいのに、こういう時だけ可愛くなるところ、ずるい。
「うん、待ってる」
「未来、その、ごめん…。でも、本当に気持ちは嬉しいよ。ありがと」
うん、分かってたよ。分かってたけれど、いざ彼の口から聞くと辛すぎる。どうしよう。
彼の前で泣かないって決めたのに。最後まで可愛くいたいって思ってたのに。
それでも私の心は言うことを聞かず、瞳からは制御出来ない、悲しみの涙が溢れてきた。
最後まで迷惑かけてごめん。
「うん、知ってたよ」
「ほんと、ごめん。でも未来にはほんとに感謝してるよ、ずっと。大切な幼なじみだからこそ、それ以上を考えられなかった。」
彼は私の背中を摩ってくれた。
心臓は悲しみを感じていたのに、彼の摩る背中だけは温かく心地が良かった。
こんな時でも優しくしてくれるなんて、ずるいよ、もっと好きになっちゃうよ。
ああ、こんな時でも優しくしてくれる彼が、大好き。私はいつになったら、彼を忘れることができるだろうか。ううん、忘れることなんてない。彼との思い出は幸せな宝物でしかないから。だからいつか、私にまた大切な人が出来たら、今度は胸を張ってあなたに伝えるね。