世に吸血鬼が蔓延り始め数百年、未だに人間と吸血鬼の溝は深く相反する関係を続けている。
吸血鬼は血を求め人間を無意味に襲い、人間もまた対抗手段として凶暴な吸血鬼を狩っていた。吸血鬼を狩る人間は祓魔師となり、街の、国の秩序を守っている。
そして此処にも祓魔師がいる。
まだ大人になりきれていない白髪の少女、宝石の様な青い目と首からぶら下がっている十字架の首飾りを揺らしている。
こつこつと靴音を響かせながら少女の目的地は寂れた酒場、酒も飲めない少女が一体何の用事なのか、古びた扉を開ければ客はいない。しかしカウンターに近付けばふわりと浮かぶ煙に溜息を一つ溢す。
「客が来たのに煙草とはいい身分じゃないか」
「…んー?おぉ?なんだお前さんかよ、ならいーじゃねぇの」
「だめだ。そもそも私は煙草の匂いが好きじゃない、吸うなとは言わないが私が来た時は消してくれ」
「はいはい、っと」
客か、と視線を向けつつも顔見知りの少女にそのまま煙草を吸おうにもそう上手くいく筈もなく。ゆっくりと起き上がりながらも少女の要望通りに煙草の火を消す。
少し煙たいと思いつつも消してくれた事に感謝する様に頭を下げ近くの椅子に座れば、この店の店主はぱさりと紙を机の上に広げる。
「最近やたらと吸血鬼被害が多いけどその中でも若い女性を狙ってるって話だ」
「……既に被害者も出ているか、軽傷二人重傷三人。……死者一人、か…この死亡者はつい最近の様だな」
「流石に死者を出すのはいけないよなー、と。そ、つい最近の被害者、18歳の女、夜道を歩いていた時に襲われ、そのまま死亡したらしい」
差し出された紙に記載されているのは此処周辺で起きている若い女を襲う吸血鬼の事件であり、襲われた被害者の資料。
全員が全員20歳未満であり、しかも全員が女である。どうやら選り好みする吸血鬼らしく全てと被害者の襲われた時間帯は夜であり、中々に絞り込めてはいるが、襲われた被害者の記憶は曖昧でどんな吸血鬼かは分かっていないらしい。
これ以上被害が広まる前に早急に叩かなければならない。
そろそろ夕方に差し掛かる時間帯、すぐに出会えるとは限らないが囮をした方が手っ取り早いだろう。
「情報提供感謝する。この依頼を受けよう」
「…お前さんに頼ってるの俺だけどさぁ、いいのかよ。この吸血鬼若い女を狙ってるじゃねーの」
「好都合だろう。私は一応その若い女に値する訳だ、囮が私で済ませられてラッキーだ。一般市民を危険に晒すわけにはいかないからな」
「お前さんは?」
「私は祓魔師だ。人を襲う吸血鬼を狩るのが私の仕事、君に心配される程か弱くないからな」
店主の心配を他所に少女はすぐさま腰を上げる。言っても聞かない様子からしてこれ以上止めても無意味ではあるが、それでもやはり店主には気掛かりな事がある。
少女は確かに祓魔師であり、それに問題は何一つない、しかし祓魔師である以前にまだ少女だ。痛々しく巻かれている包帯の下はきっと吸血鬼と相対した時の怪我が残っているのだろう。
少女への吸血鬼の依頼提供場である此処酒場の利用者は少女の様な祓魔師が多い、その中でも少女とはそこそこ顔を合わせる機会が多い為に気になってしまう。
「…お前さんもバディとか組めばいいんじゃねーの、そしたら怪我も少なくなるだろうに」
「心配してくれてありがとう。だけど私は誰かと組む気は無いよ」
きっと誰かとバディを組めば楽だろうに、しかし少女は拒む。まだ少女である為に他の祓魔師はあまり良しとしていないのか遠巻きにされる事が多い。
それを知っているのだろう、無理に他の祓魔師と手を取り合う必要もないと考えている。
なによりも少女は別に全ての吸血鬼を憎んでいるわけでも恨んでいるわけでもない、吸血鬼の中でも理解出来共に手を取り合える吸血鬼がいると信じている。
実際にまだそんな吸血鬼と出会った事はないが、きっとどこかにいるのだろうと思っている。
少女はもしバディを組むのならばそんな吸血鬼と組んでみたいと、僅かに願っている。
そんな酔狂な吸血鬼がいたら拝んでみたいと他の祓魔師はきっと言うだろうに。
こつり、とふと脚を止め夕陽に照らされる狭い路地に視線が向けられる。
人気の少ない所、惹かれる様にその道を通れば影に溶け込む様な真っ黒な青年に思わず脚が止まる。ぐったりと座り込んでいる様子からして吸血鬼の被害者だろうかと少女は声を掛けようとすればそれよりも早くあげられる顔。
真っ黒な髪に真っ赤な瞳、青年の顔立ちは綺麗だが汚れていて何処か怪我をしているのだろう、少し荒い息を溢す。
僅かに妖しく光る瞳、僅かに息を吐いた事で覗く白い牙に察しがついてしまう。
「──君は吸血鬼か?」
「…あ?……そうだけどそれが何だよ」
これが吸血鬼の青年と祓魔師の少女の最初の出会いである。