☆1
「……呪文を唱えて猫じゃらしを動かすと異世界トリップ? ありえない」
図書館で古い本を見つけた。
手に持って一枚一枚めくってみる。気がつけば真剣に読んでいた。
だけど、現実味のないことばかり書いている。
これはある種のファンタジー小説なのだと気軽な気持ちで文字を眺めていた。
結局その本は借りて来ないで、自宅に戻ってきた。
でも本当に大好きな世界に異世界トリップできるなら、それはそれで面白いかもしれない。
私の人生はあまり刺激的じゃなかったから、ありえない経験をしてみたいと興味本位だった。
行ってみたい国は、私がプレイしている乙女ゲームの世界。
そのゲームに出てくる猫獣人皇帝シャネードのことが大好きでたまらない。
いつもツンとしていて威厳がある皇帝が、好きな人の前では柔らかい表情を浮かべて、さらに甘えてくる。
最高すぎて、胸キュンが止まらない。
二十五歳という若さで国をまとめている。
かっこいいし、いつもしっかりしているのに、自分にしか見せない甘えた表情がいい!
このゲームの世界で、両思いになったら、スペシャル特典としてイチャイチャしたシーンが見ることができる。
攻略するのが本当に大変だった。
どのルートを選んでも失敗ばかりするのだ。
諦めかけていたが、最終的にはめちゃくちゃ単純で、猫じゃらしに似たおもちゃを見せたら、なぜかすごく喜んでデレデレして、超ハッピーエンドで終わった。
なんだ、そのルート! ってゲーム会社にクレームを入れたくなったほどだ。
でもラブラブしたシーンを見て満足したのだった。
あんなにイカツイ体なのに、可愛いギャップを見たらもっと好きになった。
家にはグッズがたくさんある。
毎日シャネード様を崇めながら、過ごしていた。
万が一会えるなら……最高だ!
「異世界トリップか……」
呪文を唱えたからといって、自分の理想とする世界観に行けるわけではない。
でも私は容姿も人生も地味だった。
髪の毛が背中まである黒髪ストレート。顔のパーツはあまり大きくなくて、どこにでもいそうな女の人だ。
家族は両親と優秀な姉がいる。両親は、姉にばかり目をかけていたので、私に期待をしてくれたことがない。
今はカフェの店員として働いているが、これからの夢もないし。年老いていくだけだ。
それなら、飛び抜けた人生を送ってみたい。
異世界トリップしたら、私の人生が変わるかも。
そんな安易な気持ちだったけど、半信半疑で呪文を唱えてみようと思った。
うちのペットのピンクのふわふわした猫じゃらしを持って、言葉を口の中で何度も繰り返す。
「ニャムニャム、ペイレット……」
忘れないように呪文だけスマホにメモしてきた。
しばらく唱えてみたけど変化はない。
「なーんだ。何も起きないじゃん」
すると信じられないことに強い光が湧き出てきた。
「え? う、うそーーーー」
そして、私の体を包み込んだ。
これは妄想だ。きっと、夢を見ているのだろう。
しかし体がボワッと浮かび上がって、ものすごい速さで移動する。
「きゃああああ」
あまりにもスピードが早いので、ストレートの黒髪がブワーッと舞い上がる。
このままどこに行ってしまうのだろう? もしかしたら死んでしまうかもしれない。
そんな恐怖が湧き上がるほど、速いスピードだった。
ドスン。
落ちた先は、豪華すぎるベッドの上。
手足を動かしてみると自分の意思で操作できる。
感覚もあるし、大丈夫だ。健康体で生きているみたい。
体を起こして部屋中を眺めてみる。
「噴水があるって……どういうこと?」
女神様のようなビジュアルの彫刻があり、その彼女の手にはツボがある。そこから水が常時流れているのだ。
カーテンは見たことがない美しい文様。金色の家具。
この部屋には誰もいない。
私が立ち上がろうとした時、扉が開いた。
そこに入ってきたのは、私が愛してやまない獣人皇帝シャネード様だ。
「信じられない……」
金髪で背中にまである長い髪の毛。瞳は青くて鋭い。
白くてもふもふした猫の耳としっぽが生えている。
お風呂上がりなのか薄着で、しっかりと鍛えられた肉体美を拝むことができた。
「お前は誰だ!」
「シャネード様!」
「……どこから侵入した!」
こんなのありえない。夢を見ているのだ。
だって、明らかに彼は外国人だ。
お互いに会話ができているし、ありえないって。
せっかくの機会だから楽しませてもらおうと近づく。
ところがシャネード様は大声を出して助けを呼んだ。
あっという間に護衛に囲まれてしまう。私は筋肉ムキムキの体の猫獣人らに剣を向けられた。
「ご、ごめんなさい……」
「勝手に部屋に入ってくるとは、何が目的なんだ」
「……あ、あの」
どうしよう。
あ、猫じゃらし!
ハッピーエンドを迎えた時も、猫じゃらしを見せてニコニコすると、急に態度が変わったのだ。
私はとっさに手に持っていた猫じゃらしをふわふわと動かす。
「……っそれは何だ。やめてくれ」
「わぁ」
「ニャ―!」
怖い顔をして立っていた護衛もシャネード様も、猫じゃらしでふにゃふにゃに倒れてしまった。
「私は怪しいものではありません。話を聞いてくれますか?」
「わ、わかった。だからそのふわふわした物を振り回すな!」
先ほどまで威厳のある態度だったのに、いきなりふんわりとした表情を浮かべる。
やはりねこは猫じゃらしに弱いのだ。
気持ちが落ち着いたシャネード様は、話を聞いてくれることになった。