ところが、数日後。
この小さな村が騒がしくなってしまった。
何が起きているのかと思っていたら、お医者さんは私を倉庫に隠した。
「シャネード様が……、ここに向かっているという情報が入った」
「え?」
「全力で隠すから静かに待っていてくれ」
薄暗くて埃のかぶっている部屋で私は身を小さくする。
どうか、見つかりませんように。
そう願っているしかなかった。
何時間そこにいただろうか。
バンっ。
音を立てて、扉が開いた。
もう外に出てもいいのかと希望に満ちて顔をあげたら、そこにはシャネード様が立っていた。
恐ろしい表情をしている。
私も子供もこの場で殺されてしまう。
異世界にトリップして、短い人生だった。
でも彼と過ごした日々は幸せで、こんなにいい経験ができたのはご褒美かもしれない。
「セイラ……」
「シャネード……様」
彼は一歩ずつ近づいてきて、私の前にしゃがむ。
「やっと見つけたぞ」
「……勝手に消えてすみません。たくさん、よくしてくださったのに」
「ずっと探していたんだ」
「ごめんなさい……。あなたの手で殺されるなら私は幸せです」
「は?」
理解できないという表情を浮かべて、太くて長い手で私のことを抱きしめてきた。
「殺すわけない。どうして殺さなければならないのだ」
「シャネード様の赤ちゃんを妊娠してしまいました」
大きく膨らんだ私のお腹を見て悟ったような顔をしていた。
「お腹を大きくした黒髪の女性が事故に遭ったと情報が入ったんだ。もしかしたらセイラかもしれないといてもたってもいられなかった」
先ほどまで厳しかった表情が柔らかくなる。まるでマタタビを与えられた猫みたいだ。
ゆっくりと手を伸ばしてきて丸く膨らんだお腹に触れる。
「温かい」
「どうしても愛する人の子供を産みたくて、姿を隠したんです」
「セイラ、俺も愛している」
その言葉には嘘が感じられない。
でも、正妻以外が妊娠してしまったら殺されてしまう。私は自分のお腹をかばうようにして彼から離れた。
「私のことは殺してもいいので。どうかお腹の子供だけは助けてあげてください」
信じられないといったように彼の瞳が揺れている。
「そんな悲しいことを言わないでくれ」
「でも……」
「正妻として迎えたい。必要な手続きもしている」
「え?」
「異世界から来た女性ということで手続きに時間がかかってしまったんだ。そして、側近らに理解をしてもらうため動いていた」
私が王宮を出る頃に不在にしていたのは、そんな理由だったのだ。
「正式にプロポーズを申し込もうと思ったところ姿が消えてしまって。ずっと探していた」
シャネード様も私のことを想っていてくれたのだ。
「国民に認めてもらうことは、できるでしょうか?」
「それは難しいことかもしれない。しかし努力をしていこう」
「努力ですか?」
「セイラは魚料理が本当に上手だ。国民にレシピを教えてあげてくれないか?」
「そんなことでいいんですか?」
「あんなに心が温まる料理を作ってくれる人はこの世の中にはいない」
私にしてみればそんなことでいいのかなと思ったけど、この国の人たちが喜んでくれるなら、張り切ってレシピを伝えていきたい。
「理解を得ることは、大変なことだがコツコツやっていたらきっと理解者が増えてくれる」
「……はい」
「大丈夫だ。俺を信じてついてきてほしい」
断る理由なんてない。私はしっかりと頷いた。
「こんなところにいたら体を悪くしてしまう。大事な体なんだ」
お姫様抱っこして持ち上げてくれる。
彼の腕はとてもたくましい。懐かしいこの感覚に感極まる。
美しい顔が近づいてきて、頬ずりをされる。
「くすぐったいです」
「セイラ、もう絶対に手放さない」
「はい」
そして甘いキスをした。
倉庫から出ると、周りの人達は震え上がっている。
おそらく、これから処刑されると思っているに違いない。
シャネードが一歩ずつゆっくり歩き始めると、村民は深々と頭を下げた。
「セイラは連れて帰る」
私のことを心配した医者が近づいてきた。
「発言をお許しください。セイラをどうかお助けください」
「シャネード様、彼が私の命の恩人なんです」
「そうか、素晴らしい褒美を与えることにしよう」
「先生、私も子供も殺されませんので、どうかご安心ください。出産しましたら顔を見せに参ります。本当にお世話になりありがとうございました」
殺されることはないと知って先生は安堵しているようだ。
「それはよかった。元気で暮らしてくれ」
「ありがとうございました!」
見えなくなるまで手を振り続けた。