「……っ」
瞳を開くと目の前には、不思議な光景が広がっていた。
美しい顔立ちをしているが猫のような耳がついている綺麗な女性と、白衣を着た老人男性が私の顔を覗き込んでいたのだ。
はっ? 何? 夢?
驚きすぎて心臓が爆発しそうになった。
「よかった。目覚めてくれて本当によかった!」
老人が安心したように言って微笑んでいる。
「イタタタ……」
全身が痛む。だるくて起き上がれない。
一体、何が起きているの?
「事故に遭ったんだ。馬車に轢かれて……。身ごもっているのに大変だったね」
「事故……? えぇ? 身ごもってる?」
これはやっぱり夢を見ているに違いないと思った。
「僕はこの小さな村の医者だ。子供が無事に生まれてくるまで、ここで暮らしていたらいい」
心が落ち着いてくるような話し方。不安な気持ちが少し安らいだが、現実を受け止めなければいけないと気持ちを引き締める。
私は日本という国で生きている猫好きの二十二歳。普通の家庭で生まれ育ったカフェ定員の女の子、橋田星羅。
「……あの」
「頭を強く打ったのか。記憶喪失になっているのかもしれない」
「名前はわかるか?」
「はい。セイラ」
「よかった。あなたが書いた日記がある。じゃあこれを読んで思い出してごらん。申し訳ないが僕は読ませてもらったよ」
人の日記を読むなんて、プライバシーという言葉をこの人は知らないのか。
でも眠っている私の身元確認をするために、仕方がなかったのかもしれない。
渡されたノートを見てみると、見たことのない文字が綴られていた。
絵のような、クニャクニャしたミミズが張ったような文字。
しかし、なぜかそれを見ると記憶が思い出してきて、読めるようになってきたのだ。

――11月27日
私は大好きなゲームの世界へ迷い込んだ。
ゲームの中の呪文を唱え、猫じゃらしで円を描くように動かすと、異世界に行くことができると、見つけた本に書いてあったのだ。
実験してみたら……本当に異世界トリップしてしまった!
しかもそこは、獣人皇帝シャネードのお部屋だったのだ。
彼は驚いていたけれど、どっしりと構えて私の話を聞いてくれた。


――11月28日
異世界で目を覚ました。
こんなことがあるなんて信じられない。
目の前には寒々しい空が広がっている。
朝から食事が用意され、着替えも準備してくれた。
動揺する私をシャネード様は温かく包み込んでくれた。
急に入ってきた異世界の人間なのに、彼は差別することなく接してくれる。
本当にいい人。
でも私は、この世界にいていい人間じゃない気がする。元に戻れる方法を探さなければ。

思い出していく。
薄っすらと。
お腹の中の父親が誰なのか、この日記を読み進めていたらわかるかもしれない。