☆
「なに?」
瑞葉は不機嫌そうに私にそう言った。学校の玄関でたまたま会ったから、話しかけただけに過ぎないのに、必要以上に不機嫌に感じる。
「私のこと、どう思ってるの?」
「は? 何それ」
「――私が爆破予告したことみたいになってるんだけど」
私がそう言い終わると、瑞葉は私を無視するように上靴を履き替えて、乱暴に下駄箱に入れた。そして、ため息をついた。
「あのさ、所詮、噂でしょ。勝手に噂が独り歩きしただけだよ。別に瑞葉の所為じゃないと思うんだけど」
この歳になっても、自分のことを名前で呼んでいる。いつもそうやって、かわい子ぶってる瑞葉が好きになれない――。
「大体、あんたが陰キャだから、誤解されてるんだよ。文句あるなら、瑞葉みたいになればいいのに」
「――陽キャさんには私の気持ちなんてわからないよ」
「私が爆破予告したことなんて、ごく一部の人しか知らないし」
「なんで大会出場前に不祥事なんか起こそうとしたの?」
「は? あんな部活なんて潰れたらいいよ。二度と全国なんか目指すな」
「それが意味わからないんだけど」
「瑞葉のこと、あんた達がハブっていじめてきたんでしょ。しかも、あのハゲ、瑞葉のことけちょんけちょんにしてきたじゃん」
「お、こいつが瑞葉か」
後ろから、低い声がした。声のほうを見ると、結夏が右手を上げていた。
「何? あんた」
「絵里葉の彼氏」
私は思わず、結夏を見ると、結夏は楽しそうにニヤニヤした表情をしていた。思わず、結夏から視線を逸らした。一気に両手が汗ばんだような気がする。
「イチャつくなよ」
「そっちじゃないの? イチャついてるのは」
結夏はそう言って、バッグからスマホを取り出した。そして、何かを操作したあと、スマホの画面を瑞葉に見せつけた。瑞葉は結夏のスマホの画面を見たまま、黙ってしまった。視線を落とし、瑞葉の両手を見ると、瑞葉はぎゅっと拳を力強く握りしめているように見えた。
「こんなところや、あんなところで」
結夏はスマホを自分の方へ戻すと、右手の親指をスライドさせていた。瑞葉に見せながら、画面を何枚も写真が流れていく。私も結夏のスマホの画面を覗いた。写真は瑞葉が年上の男の人たちとお酒を飲んでいるところや、下着姿の写真、淫らな姿、そして、いろんな男とヤッてる画像が次々に流れていった。
「――やめて」
「めっちゃ、楽しそうじゃん。俺も行きたかったなー」
私は思わず、結夏の顔を睨んだ。
「あ、彼女の前で言うことじゃないか」
「違うって」
私がそう言ったあと、結夏はふっと呆れたように笑った。どうしてこんな画像、持ってるんだろう――。
「そりゃあ、吹奏楽部なんて行かないよな。楽しいもん」
「やめてよ!」
瑞葉のキンとした声が、辺りに響いた。遠くからクラリネットが音階を奏でているのが聴こえてくる。
「お前、もういいよ」
「は?」
「お前のこと、社会的に殺すから。この画像、これから職員室でお披露目するから」
「――やめて」
瑞葉は崩れるように、急に座り込み、そして、派手に泣きはじめた。私はいまいち、状況を飲み込みことがまだできていない。こんな画像、どうやって、結夏は手に入れたんだろう。
「絵里葉。こいつが泣いてるうちに、職員室行くか」
「やめてよ!」
瑞葉は結夏の両足につかみかかり、上を向きながら、泣いている。瑞葉の顔はもうぐしょぐしょになっていた。そんな瑞葉を見て、私は思わず、笑ってしまった。
「わらわないでよぉーーー!」
瑞葉は半分、発狂気味にそう言って、睨みつけてきた。すごい怖い顔をしてるけど、その顔すら、笑えた。
「性格悪いな。絵里葉」
結夏がそう言って、笑ったから、私は結夏のことをじっと睨んだ。すると、結夏はしゃがみ込み、瑞葉を覗き込むような体勢になった。
「なあ、どっちがいい?」
「――どっちって、何? 怖い。怖い」
「爆破予告したことが学校中に噂になって、残り1年ちょっと浮いた学校生活を送るか。それとも、退学か」
瑞葉は黙ったまま、結夏から顔を逸らし、なぜか私を睨んできた。
「おい、どっちだよ。職員室行っちゃおうかな」
「やめてよ」
「じゃあ、学校に残るってことだな」
瑞葉は小さく頷いたあと、ようやく、結夏の両足から両手を離した。
☆
「萌え袖で受け取った方がいいよ」
私は両手のセーターの裾を少しだけ伸ばして、カフェラテの缶を受けとった。結夏はゆっくりと、私の隣に座った。ベンチはまだ冷たいままで寒かった。日が沈みかけてる公園はオレンジ色に染まっていた。こないだより、少しだけイチョウが散ってしまっていて、木々は段々と寂しくなっているように感じた。缶を開けて、カフェラテを一口飲んだ。口に含んだ少量のカフェラテは喉に熱を運んだ。
「――どうして」
「かって? 俺も瑞葉に恨みがあったからだよ」
私は思わず、結夏の方を見た。結夏は前を見たまま、缶コーヒーを飲み始めていた。
「恨み?」
「そう。爆破予告のもう一人の犯人ってされて退学したヤツいるだろ。――それ、俺の彼女だったんだ」
「へえ」
私は自分でもそっけないと思えるような声でそう返した。そして、もう一口カフェオレを飲んだ。
「しかも、彼女は無実だった」
「それ、自分の彼女だから、そう思ってるだけじゃないの?」
「違うよ。マジで証拠なかったし、瑞葉にでっち上げられた。――そもそも、瑞葉にいじめられてたみたいだったから、たぶん瑞葉に売られたんだと思う」
結夏はコーヒーを一口飲んだ。そして、私の方を向き、すっと息を吐いた。
「――その彼女は?」
「音信不通になった。自然消滅」
結夏はベンチに缶を置いたあと、バッグからスマホを取り出した。そして、何かを操作したあと、私にスマホを見せてきた。画面はLINEのトーク画面で結夏が送信したメッセージが未読のままになっていた。
「結局、こんなことしても、復縁できないだろうな」
結夏はスマホをバッグにしまい、ふたたび缶を持ち、コーヒーを一口飲んだ。私は少しだけ、寂しくなった。別に結夏なんて興味ないのに、なぜか、すごく嫌な気持ちになった。
「――ありがとう」
そう言ったけど、結夏は結局、私のためにこうしてくれた訳じゃない。
「めずらしく素直じゃん」
「そうだね」
私はカフェラテをもう一口飲んだ。だけど、胸につっかえる気持ちはあまり変わらなかった。
「そういえば、あの画像、どうしたの?」
「あー、あれは前から、仕入れてたんだ。いつか仕返しするために」
「怖いね」
「悪いお友達、たくさんいるからね。世間は狭いよ」
結夏はにっこりと微笑んだけど、全くピュアじゃないなって思った。
「――だけど、もういいな」
「えっ」
私は急に右肩に熱を感じた。そして、私の身体は結夏の胸の方まで急接近する。結夏の方を向くと、唇は簡単に大嫌いな君に塞がれた。