なんだか辺りが明るい。丹華は陽光の気配ともに微睡から目覚めた。
 ぼんやりと薄目を開けるとそこは――真紅の(とばり)がかかった、黄金の臥榻(しんだい)の上。

「――――っ!?」

 ふと隣を見た丹華は、思わず悲鳴を上げそうになって口を押さえた。丹華のすぐ横で、長い金髪を白絹の(しとね)に流したとんでもない麗人が眠っている。――いや、彼自身の言によればこの男は人ではなく神だ。
 あわてて起き上がって自分の身体をまさぐると、なんと何も着ていない。

 丹華はもう何が夢で、どこからが現実なのかもわからなかった。ただ帳の合間から床に落ちた己の服を拾い集め、襟をかき合わせて裙はあべこべに巻いた。(くつ)が見当たらないので裸足のまま床に下りると、足に力が入らず身体が崩れ落ちる。

(ええええ!?)

 丹華は混乱したまま床を這って、どうにかこうにかこの臥房(しんしつ)らしき空間の扉を探し当てると押し開けた。
 するとそこは見慣れた棲鳳宮の前庭だった。日の位置から見るに刻は隅中(ひるまえ)。後ろを振り返れば、既に扉はひとりでに閉まって沈黙していた。石造りの堂はいつものように古めかしく、あのきらびやかな空間につながっているとはとても見えない。……やはり夢だったのだろうか。
 呆然とする丹華の前に、いつものように小鳥たちが集まってきた。

『たんか! たんかおはよう!』
『たんかごはんは? ごはんちょうだい!』
『むぎはだめ? むぎたべてもいい?』

 丹華の口があんぐりと開いた。高欄や地面にとまってこちらを見る小鳥たちが、なんと口々に人の言葉をさえずるではないか。

『たんかほうおうさまのつがいになった?』
『ごはんない? ごはんないの?』
『たんかのじじょ、たんかの巣でたんかまってる!』

 何がなんだかわからない、とめまいがしかけた丹華は、脳天気な小鳥たちのおしゃべりの中に詩詩の様子を漏れ聞いてハッとした。
 そうだ。詩詩はあの後一体どうなってしまったのか。
 丹華はすぐさま脇目も振らずに走り出し、一路香華宮へ向かった。

「詩詩! いるの!?」

 帰り着いて部屋の扉を開くと、長椅子に詩詩が座っていた。しかしその表情からいつもの明るさはぬけ落ち、目の周りは泣きはらして真っ赤になっている。きっと昨夜は一睡もせずに丹華の帰りを待っていたに違いない。

「丹華さま! よくぞご無事でお帰――」

 駆け寄ってきた詩詩が、丹華の乱れた襦裙(じゅくん)と土まみれの裸足を見るなり青ざめた。

「ああまさか……丹華さま……」
「ち、違う! 私は無事よ! 昨日はその、棲鳳宮に隠れていて……変なところで眠ったら、ちょっと着崩れちゃって! 履は脱げてなくしたの!」

 嘘ではないが嘘である。
 ただ少なくとも、詩詩が想像するような恐ろしい目には遭わずには済んだ――はずだ。

「詩詩の方こそ大丈夫なの?」
「はい。昨日はあの時……柳の下から丹華さまのお姿を見ておりましたところ、急に皇太后の侍女たちが現れて……」

 詩詩は突然現れた皇太后の侍女たちに集団で囲まれて岸から引き離された上、身につけていた跳脱(うでわ)を奪われてしまったのだそうだ。

「まあ! あの跳脱は後宮勤めをはじめる時にご両親からいただいた大切なものではなかった?」
「はい……でも、そんなことはいいんです。どうにか振りきって戻ったらもう丹華さまはいらっしゃらなくて、李侍郎が兵士に担がれて連れ出されるところで……!」

 元はといえば、自分が彼女を小島から下がらせたせいでこんなことになってしまったのだ。おいおいと泣きだした詩詩の背をさすってやりながら、丹華は己の浅はかさに歯噛みした。

(でも、皇太后さまの侍女が絡んできたのが偶然だったとは考えにくいわ……。まさかこの件に皇太后さまが関わっている?)

 もしかしたらはじめから、詩詩はなんらかの手段で遠ざけられる手はずだったのかもしれない。そしてそのまま、丹華は李侍郎に――。
 想像しただけで身が凍る。ふたりはしばらく無言のまま抱き合って、再会の喜びを分かち合った。