丹華はその後もしばらくは香華宮で暮らすことになった。
 色々なしがらみはあれど、後宮はこの国で一番お産の医術が進んだ場所なのだ。邸の建付けや雨漏りもきちんと直してもらえる予定だ。
 無事に子が生まれたら、禁城を出て暮らすのもいいかもしれない。もちろん、彼と共に――。

「丹華、何かほしいものはないか? 食べたいものは? お前の望みならなんでも叶えてみせるよ」

 今日も今日とて煌炎は丹華を甘やかす。
 この神は嘘をつかない。丹華が望めば、きっと空の月すら墜とすだろう。誰よりも優しく、そして危うい男の腕の中で丹華は「いいえ」と首を振った。

「何もいりません。ただ……煌炎さまと“鴛鴦(えんおう)の契り”と呼ばれるよう、いつまでも仲睦まじくいたいです」
「鴛鴦? オシドリのことか。人の子があれの何を尊んでいるのか知らないが、オシドリは繁殖期ごとに相手を変えるぞ?」
「そうなんですか!?」

 知りたくなかった――。
 衝撃の事実にがっくりとうなだれた丹華の顎を、煌炎の指が掬い上げた。

「ならば私に誓えばいい。私がお前の神で、お前の唯一の番なのだから」
「はい。煌炎さまの番として……ずっとずっとお側にいます」

 ――この子も一緒に。

 腹を撫でる丹華の手に、煌炎の手が重なった。


 人と同じく十月ほどの時を経て、丹華長公主が文字通り珠のような卵を産んだ(・・・・・)――という話は、また別の書物に伝わっている。

〈了〉