(だまされた……!)

 丹華(たんか)は走っていた。
 ここは緋祥国(ひしょうこく)、皇帝の住まう禁城の後宮である。数多の妃嬪(ひひん)や宮女たちが暮らす広大な地上の園を、丹華はひとり、もつれる足で駆けていた。
 先ほどから喉がカラカラに乾き、心臓は異様な速さで脈打っている。身体の内側が燃えるように熱くなって、全身から大量の汗が噴き出していた。

(まさか白昼堂々、媚薬(びやく)を盛られるなんて! ()侍郎(じろう)、信じていたのに……!)

 身を(けが)されかけた恐怖と、まんまと(はか)られたというくやしさ。思わず涙がにじむのを、流れ落ちる汗とともに拭う。
 追っ手があるかはわからない。しかし立ち止まったら最後、足に力が入りそうもない。
 これまで感じたこともない激しい焦燥に身を焼かれながら、丹華はただひたすら逃げつづけるしかなかった。