宮女候補たちの最終選考、当日。
 講堂へ集められた宮女候補たちには、試験の順番と場所が告知された。

 菊花(きっか)は一番初め、場所はもっとも入り口に近いところである。
 対する珠瑛(しゅえい)は、最後。もっとも入り口から遠い、けれど景色は最上級である薔薇園の近くになっていた。

「最後って、どういうことですの⁉︎」

 珠瑛は不機嫌そうだ。
 分からなくもない。

 最終選考は、茶会で皇帝陛下をもてなすという内容。
 最後では、きっと腹に余裕なんてなくて、豪華な食事も茶も口にできないだろう。

 しかし、この順番は変えられない。
 だってこの試験は、(こう)一族を足止めするためのものなのだ。

 黄家の屋敷から、蛇晶(じゃしょう)帝や香樹の兄を殺した毒草、白い紅梅草(こうばいそう)を見つける。
 全ては、そこから始まっているのだから。

「そうですわ! 珠瑛様が最後なんて、おかしいです。今すぐ、交換を!」

 取り巻きの紅葉(こうよう)がチラチラと菊花を見てくる。
 交換を申し出ろとでも言いたいのだろう。

 知らん顔をしていたら、珠瑛と紅葉とは別の方向からジトリと陰湿な視線を向けられた。
 一体誰だと振り返ると、取り巻きをやめたはずの桜桃(おうとう)が、むっすりと顔を歪めて菊花をにらみつけている。

(取り巻きに戻ったのかな?)

 それにしては、妙である。
 取り巻きに戻ったのなら、紅葉と一緒になって文句を言っているはずだ。
 しかし、彼女はそうしていない。

(なぜ……?)

 だが、考える菊花を邪魔するように、説明を終えた落陽(らくよう)銅鑼(どら)を鳴らす。
 試験開始の合図に、宮女候補たちは我先にと講堂から出て行った。

 珠瑛は紅葉を伴って出て行く。
 話しかけようとした桜桃の隣をすり抜けて、わざとらしく紅葉とおしゃべりしながら。
 まるで、桜桃なんて子は知らないと言わんばかりである。

 伸ばした手をギュッと握って、桜桃は唇をギリギリと噛み締めていた。
 菊花の視線に気付いたのだろう。憎々しげな視線を菊花に向けて、桜桃は珠瑛たちの後を追いかけていった。

 講堂を出た宮女候補たちが、呼び寄せた一族とともにそれぞれの試験場所へ散っていく。
 大掛かりな舞台を作る者、美麗なやぐらを建てる者、一面を花畑にする者……さまざまな方法で、宮女候補とその一族たちは皇帝陛下を満足させようと必死である。

 誰もが、皇帝陛下の正妃になろうと足掻いていた。
 天涯孤独の身の上である菊花には、到底できないことだ。

(でも、私には仲間がいる)

 父も母もいないが、菊花には大切な仲間がいる。

「さぁ、菊花。まずは設営しようか」

「そうですよ。()の国から、すてきな家具が届いていますからね」

 リリーベルと柚安(ゆあん)が、菊花の背中を押す。
 菊花は満面の笑みを浮かべて、二人とともに自身の試験場所へと足を向けた。

 誰もが平等であるように、庭には紐が張られ、均等に分けられている。
 どんな身分であろうと、平等に審査するためだ。

 この一週間でぞくぞくと届いた戌の国からの贈り物は、素晴らしいものばかりだった。
 木製の丸い卓に、曲木が美しい椅子。卓に掛けられた布の、レース模様がなんとも美しい。

 リリーベル監修のもと、菊花は柚安と協力して、それらをせっせと配置した。
 異国の家具は、後宮の庭の雰囲気に合わないかもしれないという懸念もあったが、実際に置いてみたら意外にもしっくりなじんでいる。

「うん。なかなか良いんじゃないか?」

「そうですね。僕も、良いと思います」

「そうね。とてもすてきなアフタヌーンティーができそうだわ」

 白を基調とした家具は、黒や朱を基調とした後宮の建物を背景にすると、とても映える。
 三段重ねの皿を飾る茶菓子や、茶道具を並べれば、さらに良くなるだろう。

 リリーベルが仕立ててくれたドレスを着て、ここで香樹に給仕する。
 それはとても、すてきな時間になるだろうと想像できた。

 隣の宮女候補は、舞を披露するようだ。
 何人もの男が小さな舞台を作っている。
 彼らは大工だろうか。作る手つきに迷いがない。

「おいおいおい、嬢ちゃん。そんな貧相な会場で皇帝陛下がご満足なさるわけがないだろう」

「そうだぜ? 煌びやかなもてなしをしなくっちゃなあ?」

 菊花のささやかな会場を見て、男たちは鼻で笑った。

 確かに、菊花の会場は派手さがない。
 どれも上質なものなのは確かだけれど、菊花らしい、落ち着いた雰囲気が漂っていた。

「派手ならば良いっていうわけじゃありませんから」

 ムッとする菊花に、柚安は癒やし効果抜群の気の抜けた笑みを向ける。
 ほわん、と心が解れたところで、彼は「さぁ、行ってください」と菊花を促した。

 柚安とは、ここでしばらくお別れである。
 彼はここで、この場所を警備する役目なのだ。

 最終選考ともなれば、きっと妨害工作がある。
 それを見越してのことだった。

「ここは僕に、お任せください!」

 そう言ってどんと胸をたたく柚安に、菊花は手を振って厨房へ急いだ。
 その後ろを、リリーベルが爽やかに追い抜いていく。

 男装の麗人を見かけた宮女候補やその一族の女性が、作業の手を止め足を止めて魅入る。
 そんな彼女たちに手を振って応えながら、リリーベルは菊花とは別の方向へ走っていった。

 リリーベルはこれから、最終選考の裏側で行われる作戦に同行する予定だ。
 黄家の屋敷で白い紅梅草が見つかった場合、判定できるのは彼女しかいないから。

 戦地へ赴く友人を見送るような気持ちで、菊花はリリーベルの背中へ密やかに声援を送ったのだった。