「動かせ」
 小さなテーブルの上にある鉛筆を、私は集中して見つめていた。
 動け動け!勢いよく転がれっ!
 一応やるだけやってみる。環境が変われば私も魔法が使えて、ラーメンぐらい出せるかもしれない。屋台を出して稼いで大金持ちになって、お城から独立してセレブになってやる。でも鉛筆は1mmも動かないという事実。悲しいけど独立は遠い。
 グッタリとテーブルに突っ伏すと、消しゴムが飛んで来た。
「集中が足りない」
「休憩しようよ」
 先生が厳しいから疲れてしまう。私はそのままの体勢で、空を泳ぐフレンドを窓越しに見る。楽しそうでいいなぁ。リアムは自分が投げた消しゴムをジッと見ている。
 珍しいんでしょう。消したくなったら魔法で消せるから、消しゴムなんていらないものね。でも私にとっては必要なのよ。
「増えたな」
「うん。もっと増やしたい」
 小さな本棚には私の手作りの絵本が並んでいた。A4サイズのノートと色鉛筆と消しゴムを用意してもらって、私は思い出しながら元の世界の童話をノートに描いていた。ここにも絵本はあるのだけれど、歴史の本を読んでるような硬い文章と内容なので、いまいち読んでいても楽しくない。だから古典からディズニーまでアレンジを加えて簡単な絵本を作ってフレンドに読ませていた。
 フレンドのお気に入りはシンデレラだ。古今東西、どの世界にも大人気な、夢見る乙女のサクセスストーリー。リアムにその内容を教えると鼻で笑っていた。バカにした?全女性を敵に回すぞ!
「この王子はうちの王に似てる」
「モデルが欲しくて、肖像権の侵害かしら?」
 アレックスは絵本の王子にピッタリで、リアムは怖い悪役にピッタリだった。
「靴のサイズが同じ女など、探さなくても居るだろう」
「魔法の靴だからピッタリじゃないとダメなの。運命の相手ですから」
「運命の相手ね……」
 また笑うので私は転がってる消しゴムをリアムに投げつけた。
「女子の夢を壊さないでくれる?フレンドのお気に入りで何度も読んでるの」
 ドラゴンだって女の子、ラストはハッピーエンドが好きなのだ。
「王も舞踏会で妃を捜して欲しいのだが……」タメ息混じりでリアムが言う。
 私は前に聞いたアレックスの言葉を想い出す
『夫に先立たれた妃が気の毒だ。残された者の気持ちが一番わかるのが私だからね』
 悲し過ぎる言葉だった。