アレックスの手が私の左手に重なり、いつも内側に隠してある指輪を探る。
「あ……」
「隠さず堂々と身に着けなさい」クルリと回して、アレックスは頭を下げて指輪に唇を重ねる。
「これは私の母の指輪だ」
「えっ?そうなの?」
 そんな恐れ多い大切な指輪を私がはめていたの?いや恐れ多い、これやっぱり外さなきゃ。焦って強い力でまた外そうとするけれど……やっぱり外せず……ガッカリだ。
「父から母に送られた珊瑚の指輪だよ。もう絶滅した珊瑚の一種で、小さな国ひとつ買える貴重な指輪だろう」
 やめて下さいー!そんな知識いらない!重いー!

「父と母の肖像画だ」
 アレックスは私から手を離して、首筋から銀のチェーンを外した。チェーンの先には手のひらより小さいくらいの細かい銀の細工をされたペンダントヘッドがあり、裏を返すと王様とお妃さまの写実的な画が描かれてあった。
 王様は金髪碧眼のイケメンで、王妃様は……私がエレベーターの中で会った亜麻色の髪の美女だった。
「ごめんなさい。昨日言わなかったけど、私はこの女性に指輪を渡されて、気付けばこの世界でした」
「やはりそうか」
「すぐ言わなくてごめんなさい」まさかあの女性がアレックスのお母さんだったとは。びっくりしかない。

「母はどんな様子だった?」
 それを聞くアレックスの様子は一国の王ではなく、母を想う素朴なひとりの青年の顔をしていた。
「とても美しい人でした。透明感と気品を兼ね備えた美しい女性で、ゴージャスな亜麻色の髪を生まれて初めて見て見惚れてました」
「うん」アレックスの微笑む顔が美女と重なる。アレックスはお母さん似なのかしら。
「狭いエレベーターの中で私の手を握り、何か私には聞き取れない異国の言葉を言ってエレベーターを降りました。ほんの一瞬の出来事でした。そして握られた手を見るとこの指輪があって、何をやっても外せません」
「他の者には内密にしておこう。その綺麗な指を切り、指輪を奪う者が現れたら困るから」
 それは絶対イヤだーー!

「母の言葉を思い出して欲しい」
「思い出したいのですが、聞いたことがない言葉で……」
 何やら難しいイントネーションだったな。