「王様が国に結界を張っているので、そんな変な悪霊はいないはずですが、森に狩りに出るとか、旅に出るとか悪霊と出会う機会が無いとは限りません。大人になると、火を上手に使えます。台所やロウソクの灯りなどです。あとその職種によって人それぞれです。パン屋のおかみさんは魔法でパン生地をコネて、かまどの微調整ができます。粉屋のご主人は重い石臼を魔法で動かせます。庭師は大きな枝切りハサミを魔法で動かせます」
 一般人は職種による最低魔法と、臨機応変能力だ。
「裁縫士は布を裁断して針を動かす魔法が使えます。宿屋のおかみは食事と掃除の魔法を使えます」
 臨機応変能力。うちの課で使えたらいいのに。
「でも……魔法を使うと、それなりの物しか生み出せません。自分の手で針を動かし、自分の手で丁寧に野菜を切って味付けをすると、格別に出来上がりが違います」
 だよねー。手間をかけると違うのは、どこの世界も同じか。
「だから人々は働きます。王様はそれが一番良いと思ってます」
「魔法で何でもできると、人間ダメになるよね」
 私は魔法が使えないけど、宝くじで1億当てたら会社を辞めてダラダラ過ごして、間違いなくダメ人間になるだろう。

 話ながら歩いていると人通りも減ってきて、景色は静かな住宅街となる。どこの家も石造りで落ち着いた雰囲気だ。
 通り過ぎる家の扉が開いて、ひとりの老女が出て来た。目線が合ったので「こんにちは」と挨拶をすると、汚れた物でも見るような目線で私達を見る。あ……異世界のヘンなヤツが気に入らないのかも。すいません。コソコソと通り過ぎようとしたら
「街から出て行け!悪魔め!」
 足元にある石を握ってシルフィンに投げつけた。
「ちょ……ちょっと、止めて下さい」
驚いてたらシルフィンは悲しい顔で「いいんです」って反撃もせず、ペコリと老女に頭を下げて「行きましょうリナ様」と走り出した。
 私はシルフィンの後を走って追いかける。追いかけて追いかけて、たどりついたのは崩れかけた小さな神殿だった。
 大きな雷が落ちたように崩れている神殿で、綺麗な柱が中途半端に切られた大木のようにそこにあった。長さも揃ってなくて危険地帯。崩れてない時はさぞかし立派だったのだろう。破壊された彫刻も散らばってる。あの王様が崩れかけた建物をこのままにしてるなんて不思議な気持ちになった。