ポンコツ救世主はドSな騎士に溺愛される

 迷いながら光の見える方に歩いて行くと、部屋から見た景色が広がっていた。朝の太陽とバラの香りを浴びて、手のひらを空に向け大きく背を伸ばす。あーっダメダメ。落ち込むと迷路にハマって動けなくなる。ダメダメ絶対ダメ。この異世界でひとりきり状態でそれはダメ。しっかりしなきゃ。

「頑張れ自分!」どっかの栄養剤のCMみたいな喝を入れ、大輪のバラに近寄り癒しパワーをもらう。
 作りものでもコロンでもない、自然に咲いてるいい香りは贅沢の極みだ。ピンクのバラから元気をもらおう。せめて魔法でも使えたらいいのに。
「えいっ!」気合を入れて白いペガサスの彫刻に集中すると
 なんと!ペガサスは彫刻からそのまま実物になり、空にまっすぐ飛んでいってしまった。
 あり?
 異世界飛ばされたら魔法使いになってた設定って……あり?自分に驚いてボーっとしてると「申し訳ありません。私がやりました」シルフィンがツインテールを揺らして、バラの後ろから登場した 。

 やっぱりねー。そんな簡単な問題じゃないよねー。納得しながら少しガッカリ。
「申し訳ありませんリナ様。余計な事をしました」恐縮しまくるシルフィンを見て私の方が恐縮する。
「違う違う。ごめんね大丈夫だよ」シルフィンに罪はない。うん自分の問題だ。空元気な私を察したのか、シルフィンはわざと元気な声を出す。
「王様のお話は終わりましたか。朝の散歩はどうでしょう?街をご案内いたします」
「お願いします」
 私も気分を変えたかったので、シルフィンの言葉が嬉しくて元気に返事をした。
 朝から街は賑わっていた。
「迷子にならないで下さいね」年下のシルフィンに言われて「はい」と返事をしてキョロキョロしてしまう。
 青空の下、大きな石造りの道路の両脇に沢山のテントが張られ人が行き交う。
「邪魔だよ」大きな麻の袋を担いだ男性とぶつかりそうになってシルフィンに守られる。
「ありがとう。すごいね」
「朝が一番にぎやかなんです。街の人間はほどんど昼までに商売を終わらせて夕方まで静まり、夜になるとお酒を飲みに出るので、またにぎやかになります」
 なるほど、どこの世界も同じだ。

「しーるふぃーん」
「シルフィンだ!」
 あっという間に小さい子供達に囲まれてしまった。小学校低学年くらいかな、カバンを持っている。
「今日は移動魔法のテストなんだ。失敗しない魔法をかけて」
「僕も僕も!」
「それはズルだよー」
 口々に言う子供達が可愛らしい。囲まれたシルフィンは大げさに困った顔をして「うーん。魔法は無理だけど、上手にできるおまじないを教え下あげる」子供達の目線に合わせてそう言うと、子供達はゴクリと生唾を飲んでシルフィンの次の言葉を待っている。
「教室に行ったらみんなに教えてあげてね、目をつぶって大きく息を鼻から吸って口から吐くの。そして『大丈夫』って三回言うの。それがおまじない」
 シルフィンの説明は深呼吸だった。子供達は「ありがとうシルフィン」と真顔で聞いて走り去る。

「それがおまじない?」私が聞くと「はい。よく効きますよ」と、可愛い顔で私に言った。
 たしかに魔法でズルしてないし、いいおまじないだ。
 パン屋さん。果物屋さん。粉屋さん。珍しい野菜も売ってる。お団子みたいなお菓子屋さんもある。朝食の店なのか、若い男達がズラリとイスに座って食べている姿もあった。
「ワイン職人が多いです。これから仕事に行くひとり暮らしの男性たちです」
 あったかい湯気といい香りが歩いていても届く距離。素朴なミネストローネの香りがする。さっきお腹いっぱい食べたのに、またお腹が空いて来た。
 歩いているとシルフィンはよく声をかけられる。
 若い女の子に「シルフィンの恋占い当たったよ」って大きく手を振られたと思ったら、布売りのおばさんに「また台所に小さな悪霊が出たから退治してくれる?」とか「うちは教えてもらったコキュの実を干してたら出なくなったよ」とか……街の人気者。
「凄いね」無能の私と真逆だった。こんな小柄でアイドル顔なのに使える女だ。
「そんな事はないですよ。街の人の役に立ちたくて、占いとか小さな悪霊退治をしたり、王様に勧められたんです。全ては王様のおかげです」
 褒められても謙虚に否定して頬を染めるだけ。でも仕事はできる。部下に欲しいと本気で思う。
「私なんてぜんぜん……」
「ドロボー!!!パン泥棒よ!つかまえて!」

叫ぶような声が後ろから聞こえて、人の波にぶつかりながら風のように走る男が後ろから猛ダッシュで私達を追い越して行く。するとシルフィンが垂直に高く高くその場でジャンプして、ふんわりゴズロリドレスのポケットから細いワイヤーのような物を取り出して投げると、男の動きがピタリと止まる。
 捕えた……凄い反射能力
 そして
 顔が……怖い。暗殺者の顔だ。なめたらアカンわシルフィンちゃん。
パン屋のおばさんからお礼にもらった焼きたてパンを食べながら、再びシルフィンと歩き出す。
「子供達は学校に行くの?」
「そうです。15になるまで学校へ行き、それ以降の5年間は専門職に就く者や、学問を続けたい者たちが上の学校へ進み、他の子達は親の職業を継ぐのが多いです」
「魔法も教えるの?」
「はい。基本の魔法を身に付けます」
「お勉強って国語とか算数?」
「こくごは国の言葉ですよね。あと古代の言葉も教えられます。国の歴史と星見表の使い方と数式などですね」
 あちらの世界と、基本的には変わらないのかな。
「男の子は剣術も習います。剣を上達させて、将来の夢は騎士団に入る事です」
 そう言われてパンを喉に詰まらせた。
「騎士団?騎士団ってリアムがいるとこ?」
「はい。騎士団長のリアム様は誰からも尊敬されてます。勇気があって強くて剣の腕はこの国で一番です」嬉しそうにシルフィンはそう言った。
 そうなの?あのドSで短気な男がねぇ。でも、優しい所もあったかも。泣かす気はなかった……みたいな事を言ってくれたし、素直な人なのかな?剣の練習で見せていた笑顔も可愛かった。あれ?違う違う。あんな男はタイプじゃない!話を変えてあのドS男を頭から追い払おう。

「でもね。みんな魔法を使えるなら働かなくてもいいんじゃない?」ついそんな疑問を口にする。
 だって、何でも出せるし不自由ないでしょう。不思議そうに聞く私にシルフィンは首を横に振った。
「全て完璧に使えるのは王様だけなのです。王様に不可能はありませんが、私達はそこまでできません」
「そうなの?だってシルフィンは何でもできるよ」
「私は、人より少し使えるので城に置いてもらってます。その地位によって魔法の種類も変わるのです。王様を守る仕事に関わる人たちは、魔法の腕も高くなければいけません。でも普通の人達は、最低の危機管理能力と自分の仕事に使う事だけ魔法で使えます」
「たとえば?」
「そうですね。たとえば子供達はほとんど使えません。学校で物を移動する魔法と、悪霊に捕えられた時の危機回避魔法を学びます。急に現れてもバリアが使えたり、自分の意識を隠して物と一体化させたり、高度ですが自分が瞬間移動できるようにです」
「なるほど」
 悪いものに襲われないようにが基本だ。
「王様が国に結界を張っているので、そんな変な悪霊はいないはずですが、森に狩りに出るとか、旅に出るとか悪霊と出会う機会が無いとは限りません。大人になると、火を上手に使えます。台所やロウソクの灯りなどです。あとその職種によって人それぞれです。パン屋のおかみさんは魔法でパン生地をコネて、かまどの微調整ができます。粉屋のご主人は重い石臼を魔法で動かせます。庭師は大きな枝切りハサミを魔法で動かせます」
 一般人は職種による最低魔法と、臨機応変能力だ。
「裁縫士は布を裁断して針を動かす魔法が使えます。宿屋のおかみは食事と掃除の魔法を使えます」
 臨機応変能力。うちの課で使えたらいいのに。
「でも……魔法を使うと、それなりの物しか生み出せません。自分の手で針を動かし、自分の手で丁寧に野菜を切って味付けをすると、格別に出来上がりが違います」
 だよねー。手間をかけると違うのは、どこの世界も同じか。
「だから人々は働きます。王様はそれが一番良いと思ってます」
「魔法で何でもできると、人間ダメになるよね」
 私は魔法が使えないけど、宝くじで1億当てたら会社を辞めてダラダラ過ごして、間違いなくダメ人間になるだろう。

 話ながら歩いていると人通りも減ってきて、景色は静かな住宅街となる。どこの家も石造りで落ち着いた雰囲気だ。
 通り過ぎる家の扉が開いて、ひとりの老女が出て来た。目線が合ったので「こんにちは」と挨拶をすると、汚れた物でも見るような目線で私達を見る。あ……異世界のヘンなヤツが気に入らないのかも。すいません。コソコソと通り過ぎようとしたら
「街から出て行け!悪魔め!」
 足元にある石を握ってシルフィンに投げつけた。
「ちょ……ちょっと、止めて下さい」
驚いてたらシルフィンは悲しい顔で「いいんです」って反撃もせず、ペコリと老女に頭を下げて「行きましょうリナ様」と走り出した。
 私はシルフィンの後を走って追いかける。追いかけて追いかけて、たどりついたのは崩れかけた小さな神殿だった。
 大きな雷が落ちたように崩れている神殿で、綺麗な柱が中途半端に切られた大木のようにそこにあった。長さも揃ってなくて危険地帯。崩れてない時はさぞかし立派だったのだろう。破壊された彫刻も散らばってる。あの王様が崩れかけた建物をこのままにしてるなんて不思議な気持ちになった。
「ここからの景色が素晴らしいのです」
 シルフィンは笑顔になって、神殿の端まで私を行って崩れた柱に座る。だから私も真似してその場所へ行くと「うわぁ」
と、思わず声が出た。
 山を背にして、見事な葡萄畑が段々と広がっている。
 小さな人工的な雲が葡萄畑に雨を降らせている。あれも職人さんの魔法なのかな。
「お城のワインもここで生まれます」
「うん」膝をかかえたシルフィンと葡萄畑を見つめる。ふたりとも何も言わず、黙って見つめていた後、口を開いたのはシルフィンだった。
「私は森の奥で黒魔術を使う、呪術師の祖母に育てられました」
「うん」
 葡萄の葉が水を受けて、朝の光でキラキラ輝く。
「街の厄介者です。嫌われ者です。悪霊と通じて獣虫を操り、人の命も奪えます」
「うん」
「祖母は偉大なる呪術師でした。皆に嫌われている祖母でしたが、私には優しくて、愛情込めて育ててくれました。私は祖母から術を学びました。森の奥でふたりきりで幸せに暮らしてましたが、手に負えない獣虫に私が襲われそうになり、私をかばって祖母は亡くなりました」
 シルフィンは私に悲惨な過去を語りながら、まっすぐブレず葡萄畑を見つめていた。
「街の人達は怖ろしい厄介者がいなくなって喜びました。祖母の死により、森は焼かれました。家も焼かれました。私も疲れたので、命を絶って祖母の元へ行こうとしていたら、王様が現れて私を助けてくれました」
「アレックスが?」
「はい」そこでシルフィンは、やっとニッコリ私を笑って見てくれた。とても可愛らしい笑顔だった。
「いやらしい身分の私を抱きしめて『もう大丈夫だよ』と言って城に連れて行って、私を助けてくれました。王様には感謝しかありません。命の恩人です。王様の計らいで、街の人の役に立って溶け込もうとしてるけど、たまに……さっきのおばあさんみたいに許してくれない人もいます」
「そっか」
 そんな壮絶な過去があったなんて、私の苦労なんて苦労じゃないね。
「シルフィンのおばあ様は素敵なおばあ様だったのね。きっと今も見守ってくれているよ」
「ありがとうございます」
「アレックスはさすが王様だ」
「はい。だから今度は……何があろうと、私は王様を救いたいのです。私もリアム様も城のみんなも、国民も一番の願いです。王様はあきらめてますが、絶対あきらめてはいけません。王様はみんなに尊敬されて好かれていて偉大な王様なのです」シルフィンの声がうわずる。
 ん?どうしたの?何かあるの?話がたまに見えない。
「シルフィン?あの……」わけわからない顔でシルフィンを見ると「リナ様は知らないのですね」ってあらためて言われてしまった。はい。何も知らない能天気な無能者です私。

息を整えてシルフィンが何か言おうとした時
「リナ様!シルフィ―ン!」背後から声が聞こえて振り返ると、爽やか鳥青年ジャックが馬にまたがっていた。
「捜しましたよ。リナ様を王様がお呼びです」ジャックは馬から降りてそう言った。
「それでは私は街に用事がありますので、ジャックと城に向かって下さい」
「送ろうか?」
「近いから大丈夫。リナ様をお願いします」シルフィンは可愛らしく私に会釈をして行ってしまった。

「あ……」大切な話を聞きそびれてしまった。
「手をお貸ししますね」
 ジャックは私の身体をひょいと持ち馬に乗せ、自分も私の後ろに乗り手綱を持つ。
 ゆっくりと馬は動き、見晴らしの良さに感動してしまう。乗馬って感じがする。昨日も乗ったけど、リアムに飛ばされて落ちないように頑張るので必死だった。今日は優雅だ。
「街はいかがでしたか?」
「楽しかった。お城で落ち込んでたから気分転換になった」
「それはよかったです」ジャックは嬉しそうにそう言ってくれた。
「魔法の話も勉強した」
「そうですか。単純でしょう?」
「ジャックから見れば単純だけど、難しい」
「魔法を使わないで生活する方が想像つかないですよ。リナ様の世界は凄いですね」
 逆に言われてしまった。とらえ方は色々だねぇ。

「ジャックの能力は鳥になれるの?」
「はい。うちは代々その能力があって王様に使えてます。自分はリアム様に憧れて、魔法と剣の勉強をして騎士団に入りました」
 まーたリアムだよ。
「そんなにリアムがいいの?」
「尊敬してます」爽やかオーラで言われてしまった。
「さっきの神殿なんだけど、なんであんなにボロボロなの?崩れていて危ないよ。アレックスなら直せるのにらしくないね」
 ふとさっき思った事をジャックに聞くと返事が無かった。あら、まずい話をしてしまったか。
「あの……ごめんね変な質問して、答えたくなかったら……」
「いいんです。あれは去年、魔王に壊されました」
「魔王?」
「名前も出したくない話です」ハリーポッターの世界だ。
「王様はあいつの恐ろしい力を忘れないように、あの場所はそのままにしております」
「そんなに怖くて強いの?アレックスだって不可能はなくて完璧なんでしょう?」
「あいつは王様より強いです。あいつは子供が積み木を壊すように、簡単に人を殺し災害を起こし国を消滅させるでしょう」
 そんなに?なんか……さっきシルフィンの聞きそびれた話と繋がりそうで嫌な予感がする。
 話を聞きたいような、聞きたくないような不思議な気持ちが交差する。ジャックは私が聞かないせいなのか、それ以上何も言わなかった。

 帰りは田舎道を歩きながら、ジャックが私の世界を聞きたがるので、教えながら帰るとジャックのテンションが上がる。
「ネットって凄いですね!」
 ネットには食いついてくれたけど、電子レンジには食いついてこなかった。電子レンジは確かに魔法ができたら……いらないな。料理をするお母さんたちは冷凍肉も魔法で解凍できそうだもんね。スマホもどうだろう?スマホなんて流行らせたらアレックスが嫌な顔をしそう。いや……アレックスが一番ハマるかも。インスタをガンガン更新してイイねを気にして国務に響くかも。考えると楽しい。
 ジャックはノリのいい後輩に似ていた。ポジティブで明るくて頭の回転も速くて、会話がポンポン弾み帰り道は笑ってばかりだった。
「ジャックは馬より飛んで来た方が速かったとか?」
「馬に乗りたいんですよ僕が」
「鳥なのに?」
「いじわるだなぁリナ様は」
 爽やか鳥青年と楽しく時間を過ごしていたら城門に到着して、そこに凛々しく真っ黒い軍服を着た騎士が立っていた。
「リアム様」
 ジャックは慌てて緩んでいた表情を戻し、馬から降りて私の身体も降ろしてくれた。
「楽しそうだな」
 リアムもデキのいい魔法使いというから、千里眼で全部覗かれてたかもしれないね。悪い事はしていないけど、端整な頬がヒクヒクしている様子を見たら、なーんかヤバい気持ちになってくる。イラつき気味のリアムはジャックに「第一部隊と合流して街の見回りに行け」と早口で言い、ジャックは背筋を伸ばして「はい!」と返事をしてダッシュで行ってしまった。さっきまで声を上げて笑って楽しく過ごしていたのに、急に断ち切られた気分になる。残念だ。この世界で私はお荷物で、お世話になる立場だからしょうがない。突然こんなのが現れたらみんなの仕事も増えるよね。ごめんなさい。

 リアムは城門を魔法で開き歩き出すので、私も後ろを小さくなって歩いていると
「ジャックには笑うんだな」ってボソリと言った。
 はい?何それ?意味不明な一言ですよ騎士団長様。
「ジャックには楽しそうに笑うんだな。俺にはそんな顔は見せないだろう」
急に後ろを振り返りムッとして言われたので、こっちも反射的にムッとなる。
「私とリアムは、出会ってから楽しい会話してました?」
「笑顔くらい見せてもいいだろう」
「そっちだって、いつも怒った顔ばかりしてるでしょう。笑って欲しかったら自分から笑いなさいよ」
「俺は元からこんな顔なんだ!」
「私だって元からこんな顔です!」
「やっぱり可愛くない女だ!」と、ボソッと言われたので、私も頭に血が上ってしまう。
「上等ですね騎士団長様!いくらみんなに尊敬されても、私はあなたみたいな、ドSでスネた男は大嫌い」
「好かれたいとは思ってない!」
「こっちだって」
 売り言葉に買い言葉。大きな声を出して言い合ってると、きらびやかにアレックスが目の前に魔法で登場した。