「怪しい黒い影を見つけましたら、いつでも私をお呼び下さい。驚かせて悪夢を見せるぐらいのものですが、あまり気持ちの良いものではないので。いたずらをする虫みたいなものと思って下さい」
 虫には見えません。けっこう不気味で怖かったです。でもシルフィンの迫力の方が怖かった。あの目の鋭さはハンパない。さすがスナイパー。

「お食事は足りてますか?」
「うん大丈夫、もうお腹いっぱいです。ワインがとっても美味しい」
 暗殺者だとしても、彼女はこんな私の面倒を見てくれる優しい女の子だからありがたく感謝しよう。ワインを褒めた私の返事に、シルフィンはとっても嬉しそうな顔になる。
「ワインの味はどこにも負けません」
「名産なんだ」
「はい。国で一番……いえ、この世で一番美味しいワインを造ってます」
 誇りを持って堂々と言う彼女が可愛らしい。
「明日は街をご案内いたします。葡萄畑も見て下さい」
「ありがとう。楽しみにしてるね」って返事をしつつ、明日もこの世界なの?寝て起きたら元に戻ってるとか希望はないの?って自分に突っ込んでしまう。

 ワインが美味しいのか急に眠くなる。
「お疲れですね。小さなお風呂はそこの扉の向こうにあります。お着替えはクローゼットに用意させていただきました」
 クローゼット?さっきまで空だと思ってたのに、いつの間にか物が入っている雰囲気。綺麗なグラディエータサンダルがクローゼットの前に並んでる。足首まで編み込むタイプだな。ファスナーなんて……ないよね。
 横を向いてたら部屋の灯りが小さくなり、テーブルの上にはワインと果物だけになる。
 魔法って……便利だわぁ。
「朝食の時間にまた来ます。今夜はゆっくりお休み下さい」
 シルフィンはまたドレスの裾を小さくつかみ、私に会釈をして今度はドアから出て行ってくれた。
 うん。ドアがあるならドアを使いましょう。

 ひとりになってお姫様ベッドの上に倒れ込む。
 全て夢ならいいのに。夢にしてはリアルだ、鳥の丸焼き美味しかった。ワインも本当に美味しかった。自分の左手の薬指にはまってる指輪を触り、手のひら側にある赤い石をクルリと返す。やっぱり珊瑚かな?赤と朱色が混ざったような、艶のある大きな石。