「何階ですか?」声を出して聞いても返事はなかった。日本語ダメかな?ここは英語チャレンジしましょうか。
「Which floor would you……」
「△◇☓☓……□☓△!」
 最後まで聞かないうちに、女性は聞き取れない言葉を発して、痛いほど強い力で私の左手を握る。えっ?そしてまた何か小声で言ってから、スッと扉を開けてエレベーターから降りてしまった。

 夢?
 エレベーターは急に動き始め、普通の時間が私に戻る。綺麗なモデルさんが乗ったよね、そして降りたよね。私の手を握ったよね。おそろしく冷たく痛い感触だけは残ってる。握られた左手に違和感を感じて目を向けると、いつの間にか薬指に真っ赤な丸い石が入った銀の指輪がはまっていた。

 なんで?
 なんで指輪をしてるの私?この指輪……何?さっきの綺麗な女性が私にいつの間にかはめたの?イリュージョン?自分の小指の爪ぐらいある大きな赤い石。真っ赤な石はなんだろう珊瑚かな。珊瑚だったらとんでもない値段じゃない?いやどうしちゃったの?とりあえず外そう。外してから考えて……って外れないっ!

 指輪が外れないっ!下がるエレベーターの中でひとり悶える私。どうして外れないの?だってさっきは手を握っただけでスッと入ったのでしょう?なんでーー!身体をくねらせながら指輪と闘っていたら、エレベーターが停まった。
 お昼休みのうちに外さなきゃ、こんなの着けて会議になんて出れない。どこぞのセレブのマダムでしょう。

 指輪に夢中になりながら、開いた扉を一歩踏み出すと
 
 膝から崩れた。
 膝カックンされた?身体が崩れて力が抜けて、もう何も考えたくなくてその場に倒れると、人の声が遠くに聞こえた。

「ミドルフロアのエレベーター使用中止だって」
「えー。どうすりゃいいの?」
「階段使ってアッパーフロアまで上がるか、10階まで下がって専用エレベーター使うかにして」
「了解でーす」


 ミドルフロアのエレベーター
 私使ってましたけど……あぁダメだ……眠たい。こんな状態でなぜ眠たくなるの?

 寝ちゃダメだよ。こんな会社で倒れて寝てはいけない。午後イチの会議もあるんだからね、課長クラスに混ざって会議に出るのだからね。出世への階段の第一歩なのだから
  
 寝ちゃ……ダメ……なの……よ……。