その夜
寝返りを打つと、ベッドの隣に人の気配あり。シャワーを浴びた後なのか、爽やかなバラの香りがするリアムがいた。いつの間にもぐり込んだのだろう、熟睡していて気付かなかった。そして彼は全裸だった。この時代の男性ってこうなのかな?アレックスはレースのパジャマが似合いそうだけど。私の気配に彼も気づいたのか、閉じていた目を開いて私を見る。
「パジャマ着ないの?」
「パジャマとは?」
「いいです」
ゴソゴソと深く甘えて彼の腕の中に潜る私。引き締まった腕と胸が素敵です。背が高くてスラッとしてるから、あまり筋肉とか軍服の上から感じなかったけれど、さすがたくましいね騎士団長様。愛する人の腕の中は最強です。リアムは私を抱きしめて額にキスをする。
「私を助けてくれてありがとう」
「巻き込んで悪かった」
「アレックスの言葉が胸に響いた。大切な兄弟を失って忠実な部下を持った……って言葉。アレックスは寂しかったのかも。リアムが急に遠い存在になった気がしたのかな」
「そうかもしれない。俺はアレックスに大きな傷を負わせてしまったから、強くなって王を守ることしか考えつかなかった」
「でもそれは仕方ないよ。リアムも子供だったし自分だってご両親を失ったばかりで、何をどうしていいのかわからないのだから」私なら絶対パニックになってしまう。
「そう言ってもらえると楽になる」
「リアムはアレックスと違って、身体も心もガチガチしてるもん」
「ガチガチ?アレックスが開放的すぎる」
「それは言える」
ふたりで笑ってしまう。アレックスはくしゃみしてるかな。
「久し振りに、アレックスと剣を交えた」
「子供も頃はずっと一緒に遊んでたのでしょう?アレックスも強いね」
「自分の方が強い」
「はいはい」
子供みたいに張り合ってるし。適当に返事をするとギューっと強く抱かれて苦しくなった。
「アレックスに剣を向けられたリナを見た時、自分の気持ちを抑えられなかった。リナが自分にとってどんなに大切かわかった。誰にも渡したくない。たとえ王でも絶対渡さない」
「全部アレックスの企みだったけど」
「すっかり騙された」
甘い甘いキスが私の唇を襲う。リアムに抱かれると、身体も心も溶けてしまう。
「アレックスの為に……リナの為に……必ず勝つ」
「私もアレックスに宣言した。絶対勝つ!って」
私が言うと優しい顔になる。
あぁ私だけが知ってるのかな、この優しい笑顔。そう思うと愛しさ倍増。
「素晴らしい王様だね」私がそう言うと、リアムは「うん」と満足そうに返事した。
リアムとアレックスは強い絆で結ばれている。最強タッグ。物語の終わりはハッピーエンドに決まってる。絶対絶対決まってる。
彼に抱かれながらそう思う私は……。
突き落とされることになる……。
乾いた風が壊れた神殿に吹く。
私達は完成されたドームに入る人の行列を、その場所からただ見つめていた。
アレックスが魔王から国民を守る為、強い結界を貼って造った巨大なドーム。都の人達はそこに続々と引き込まれるように入って行く。昨夜からの長い長い小さな点の繋がりは、やっともう少しで収まそうで終わりが見えてきた。山の向こう側にも似たようなドームを5つほどアレックスは作っていた。仕事の早い王様だ。
「いい天気だ」
アレックスが黄金の髪をかき上げ、風の音を聴いている。シルフィンはその後ろに立ち、フレンドの髪を撫でていた。フレンドは何かを感じているのか、甘えた声を出してアレックスのマントをつかんで引っ張る。
「こらこら」いつもの王の笑顔を見ると心も落ち着く。
「空が高い」アレックスが空を見上げると、大きな銀の弓を持ったリアムも空を見上げる。
秋の収穫の日。青い空はどこまでも青く高かった。
穏やかな空から一羽の鷹が舞い降り、リアムの前に膝を付けるとジャックの姿に変化した。
「騎士団の体勢は整っております。国中探しましたが国民の姿はありません。皆それぞれのドームに集まってます」
「ご苦労。お前もドームの警備に着くがいい。危険を感じたら騎士団達とドームに入れ」
「いえ!自分はリアム様の傍におります」ジャックの決意は固い。リアムはどうにかして被害を最小にしたいのだろう。特に可愛がってるジャックを自分から離して、助けたい気持ちだけど、ジャックがそれを許さない。
それにシルフィンもここに居る、アレックスから離れない。だから彼は私達と一緒に戦うのだろう。
あっという間に時が過ぎ
今日は秋の収穫祭。一年前の悪夢がよみがえるのか、リアムの顔が空から離れない。アレックスとリアムの仲が元に戻り、私は正式にリアムの恋人となった。忙しいけど毎日楽しかった。今日の日を忘れたように、楽しく過ごした。食べて飲んで騒いでフレンドと遊んで、シルフィンと2人女子会して、厳しいドS騎士団長の剣の稽古はあったけど、それ以外は砂糖菓子より甘い恋人として過ごした。魔法のじゅうたんに乗って夜の散歩も楽しかった。街の灯りと星屑の中間で溶けるようなキスをした。今日まで充実していて幸せな日々だった。
「一曲歌おうか?」
腕の中に入る小さなハープを魔法で出して、アレックスが機嫌よくそう言うと
「やめろ」
「それだけはいけません」
「王、それはお許し下さい」残り三人の勇者がピシッと大否定した。全知全能の王はオンチなんだ。
つまらなそうにアレックスは楽器を消すと、空が暗くなり始めた。
始まるのか……魔法の剣を強く握りしめ、私は回りを見渡した。国民は全てドームの中に入ったようで、ペガサスにまたがる騎士団達がそれぞれの配置に着く。
シルフィンの表情が変わる。可愛い魔法使いの女の子から闇の顔になるのを見た。さっきまでの青空が一瞬で消えて、遠くから雷鳴が聞こえて私の身体が震えてきた。
どこから来て、どうやって攻撃して、どんな力があるのだろう。話だけしか聞いてないから、余計怖いのかもしれない。足元が本気でガタガタ震えて来た時、リアムが近寄り私の肩をギュッと抱く。ただそれだけで、心が少し落ち着いた。
「これが終わったら結婚式だ」
「えっ?」
「俺とリナの結婚式だ。また後から正式にプロポーズする」命を賭けた闘い前なのに、リアムの顔は穏やかだった。
「今……してよ」
「今?」
「今、半分だけでもして」
「半分?リナは面白い」リアムは笑って私の耳元で甘く囁く。
「リナ。愛してる。このままずっと俺の傍にいて妻になってほしい」
「はい」
ずっとずっとリアムの傍におります。そしてあなただけをずっと愛します。
「残り半分は後からにしよう」リアムは私に言い残し、アレックスの隣に並んだ。
まだ夜まで時間があるのに、太陽は隠れて暗幕に包まれたような闇が広がる。星ひとつない闇夜。飲み込まれてしまいそうな黒い闇。しっかり気を持たないと、上下左右の感覚がなくなりそうだ。
突き刺さるような雷が東の領地に落ち、森が焼かれる。小さな黒い粒子が空に集まり、身震いするような人の顔になる。
人のようで、人ではない。
それは尖ったアゴと耳の上に小さな鋭い角を持ち、大きな口は耳まで裂け、ひと口で噛み殺す凶器の牙も持っていた。おどろおどろしい目も大きく、ひと言で言えば怖くてたまらない顔。背筋が冷たくなってきて、魔法の剣を抱きしめながら両手の中指の指輪を内側にしてギュッと握る。アレックスとリアムのお母様、見守って下さい。私が恐怖で倒れないように見守って下さい。
『王とドラゴンよ。覚悟はできたのか?』
低く響く声だった。
その声だけで身の毛がよだち、全身が震えて立っているのが精一杯だ。
「私の覚悟はできている。返事は……これだ」
アレックスが威厳のある声で空に向かってそう言うと、隣のリアムが私の身長より大きな銀の弓を引き、用意していた黄金の矢を力いっぱい空に放つ。
宣戦布告!
ジャックの合図で騎士団達が一生に動き出す。200人ほどの精鋭部隊はペガサスに乗りながら空を飛び、弓で魔王の顔をめがけて矢を放った。アレックスは強くなってきた風を受けても乱れもせず、大きな白樺の杖を持ち呪文を唱えながら杖の先から稲妻のような光で魔王を攻撃し、シルフィンはアレックスの集中を邪魔させるものは殺す勢いで、呪文を言いながら王をアシストし目を光らせていた。
そんな私たちに魔王は鼻で笑い、騎士団達をうるさい蠅のようにあしらって、大量の矢を無駄に終わらせてしまう。たまにアレックスの光を浴びた時だけ攻撃が効くのか、目を閉じて嫌な顔をする。
荒れ狂う空に一匹の龍が暴れている。
フレンドだった。しなやかな動きをしながら魔王の隙を狙い、大きな目を血走らせながら鋭い爪で実態のない目を斬り裂こうとするけれど、魔王の顔を作る黒い粒子がスッと消えてまた別の場所に形を作る。緑色の龍は怒りながら大きな声を出して口から火を吐き出し、私は見た事のない機敏さと破壊力に驚いた。
これがあの泣き虫で甘ったれのフレンド?
今まで会った龍の中で一番強くて美しい。
「リナ!」リアムに手を出され、私は我に返って彼の手を強く握ってリアムの黒いペガサスに乗り込んだ。
「離れるな!」
「はい!」
ペガサスは急上昇で空に上がると、フレンドの吐く炎を感じて身体が熱くなったと思ったら、それはフレンドの攻撃の炎ではなく、魔王が火の粉を飛ばしていた。その火の粉はピンポン玉くらいの大きさで身体に着いたらあっという間に回って燃え死ぬだろう。闇の中でイリュージョンのようにオレンジ色の玉は降り注ぎ、騎士団達も被害を受けている。リアムは火の粉を避けながら、鍛えられた体幹でペガサスの背に立ち、狙いを定めて素早く銀の弓を引き魔王の目にヒットした。魔王は邪悪な笑いを一時止め、いまいましい顔でリアムを見て口からリアムが放った矢を返す。
「危ない!」
それはしっかり私達が乗っているペガサスを狙っていて、リアムは私をかばいながら避けたけど上手くいかず、ペガサスの羽に当たってしまい、私達の身体は空中で放り出されてしまった。肺がつぶれそうになるくらいの急降下で、息も心臓も止まるかと思ったら、ジャックがすぐ気が付いてフレンドを誘導し、私とリアムはフレンドの背に落ちる。序盤なのに死ぬかと思った。
「フレンド頑張って近寄れ。リナ、近寄った時にお前の剣でヤツの目を射せ。俺が先に出て油断させるから」
リアムに指示を出されてフレンドはまた口から威嚇の火を出し、私は震えながらうなずく。
「リナ……お前にしかできない。替われるものなら替わりたい」
「リアム。まだ半分プロポーズが残ってるよ」
「そうだな」リアムは笑って私をもう一度抱き、唇を重ねた。
「リナに出会えてよかった。愛してる」
「照れ屋なリアムが、今日はいっぱい言ってくれるね」
「挙式の日には一日中言ってやる。行くぞ!」
「はいっ!」
最強の龍の背に乗り、私は愛する人と魔王の顔に突っ込んだ!
フレンドの背から神殿に佇むアレックスとシルフィンの姿が見えた。ふたりは攻撃をしながら私達を見守っている。その姿だけでも百人力だ。火の粉を浴びながら魔王の顔に突撃するけど、近くで見ても実体がない。粒子の固まりなのに、なんでこんなに強いんだろう。本物はどこにいるの?気まぐれ遊びで国を滅ぼして楽しんいるようだけど、それってかなり迷惑なんですけどっ!
すごくすごく怖いけど、怖さの向こう側までたどり着いた心境で、怒りが湧いてくる。どうせ簡単に握りつぶす気でいるんでしょう?
私は魔法の剣を握り直した。私は救世主。ポンコツだけど、亡くなったお妃様にあっちの世界から呼ばれた救世主だ。負けてなるものか!プロポーズの半分も残ってるんだから!
神殿からのアレックスの攻撃の勢いがつき、魔王が顔をゆがめた時、ジャックが高速でヤツの目の前で苛立たしく飛び、そっちに集中させてからフレンドが近寄ってリアムが今度は真っ赤な矢を放った。この一本だけ赤くて不思議に思っていたら、アレックスの魔法がかかっていて、どんな力のある魔法使いも獣も身動きできなくなるらしい。
魔王は初めて動きを止めた。
やった!リアムの背中越しに手応えを感じて喜んでいたとたん、気に障ったのか魔王は本気を少し出し、今まで粒子だった身体をそのままの大きさで実体化させ、手を出してフレンドの身体を捕まえた。
フレンドが痛みで大きな大きな叫び声を出し、その衝撃で私とリアムはフレンドの身体から落ちそうになる。
「リナ!」リアムが振り返り私に手を出し、それをつかもうとしていたらフレンドをつかんでいた大きな魔王の手がリアムをつかみ、ニヤリと私に笑ってからリアムをそのまま握りつぶした。
「リアム!」
違う違う違う!絶対ありえない!リアムが負けるなんてありえない!彼の名を叫びながらその姿を捜すけど、魔王は私に気付き、笑って手のひらをこちらに向けると、そこにリアムが大きく胸を上下にさせながら横たわる。
「リアム!起きて!」お願いだから起きて、立ち上がって闘って!私の願いが伝わったのか、リアムは肩を押さえながら起き上がろうとするその時、魔王はリアムの身体をもう一度握り潰し、下界に放り捨てた。リアムの身体はありえない方向に曲がりながら落ちて行く。
「助けてフレンド!」
フレンドはリアムの傍に猛ダッシュをかけて行こうとしたけれど、龍の身体はピンと張られた糸のようにまっすぐになり動きを止めてしまった。
「リアム!」
手を伸ばしても彼の引きちぎられたマントにも届かない。アレックスは慌てて攻撃の手を止め、リアムを光で包んで無事に地上に降ろそうとしたが、魔王の力でその光のは破られてしまった。私達の叫び声と同時に、リアムの身体は地上に叩きつけられて彼の息は途絶えた。
リアムは……死んだ。私を残してリアムは死んでしまった。
「いやぁーーー!!」
フレンドの背から落ちそうになるほど私は泣き叫び、リアムを見つめる。
嫌だ、そんなの嫌だ。まだプロポーズの半分が残ってる。絶対嫌だ!私を残して行くなんて絶対嫌だ!アレックスとシルフィンとジャックが駆け寄っている。アレックスはリアムの横たわる身体を抱きしめる。シルフィンが号泣してジャックが叫んでる。
これが終わったら結婚式するんでしょう。超ド派手な結婚式をしようと思ってたのに、リアムが恥ずかしくなるくらい超ド派手なのを考えて、困らせてやろうと思ってたのに。
あなたの照れたような笑った顔が好きだった。私だけに見せてくれる顔。私だけのリアム。私の愛する人。しなやかな肌、たくましい腕、長い綺麗な髪に美しいヘーゼルの瞳、心地良い声、こんなにも愛してるのに……私の目の前で死んでしまうなんて。
身体中の力が抜ける。闇よりも深く暗い絶望というものを知る。一刻も早くリアムに駆け寄りたいのに、フレンドの尻尾は魔王に捕まってしまい動けない。その恐ろしい顔が私に近寄り、吐く息がかかるほどの距離となる。どんよりした土気色の肌に血走った黒い瞳。さっきまでの粒子の固まりが、リアムの赤い矢によって実体化した。
「ほぅ……お前はこの世界の者ではないな。おもしろい」
「リアムの仇!お前にこの国は滅ぼせない。滅びるのはお前の方だ!」
力を抜いてる場合じゃない!ここまでの努力を忘れちゃダメでしょう。
リアムの想い。アレックスの想い。皆の想いが沢山この魔法の剣に詰まってる。負けるかもしれない、ダメかもしれない、死ぬかもしれない。でも精一杯やらないと死んで後悔するのは私だ。リアムに怒られる。総務部の宮本里奈をなめんなよ!
自分にある全ての力を込め立ち上がり、両手の中指の指輪にキスをした。見守って下さい!
私は剣を強く握り、フレンドの背からジャンプして魔王の目に突き刺した。魔法の剣なら勝てるはずだって私は救世主!突き刺した目からドロドロと血が流れ、魔王は空が割れるほどの悲鳴を出して倒れて全て解決ハッピーエンド……って思っていたら
私の攻撃は虫にも劣るというのか。
魔王は鼻を鳴らして、親指と人差し指で突き刺した剣共々私を目から離して苦笑いする。
痛くも痒くもないの?だってこれ魔法の剣だよ?私、救世主だったはずだけど……やっぱりポンコツだった?あまりにも無反応って何?毒は後から回りますってタイプ?でもなさそうだな。
やっぱりぜんぜんダメじゃん私!!!
「おもしろいくらい弱いな」敵に笑われてしまった。
落ち込みが半端ない。ごめんリアム。
「このまま私を殺していいよ。でもこの国と国民は助けて!異世界の女を殺しておしまいでいいじゃない」
私が叫ぶと地上から何やら叫んでる。
もういいよ、リアムも死んでしまったし、生きる希望もないから私が犠牲になってやる!