あの日は1年に1度あるかないかぐらいの大雨で。塾帰りの電車の中の温かさでウトウトしてしまった私は、傘が盗まれた事に気づかなかった。
最寄り駅で親に迎えに来て貰おうとスマホから電話をかけてみたけれど、仕事に行っているのか出なくて。
手持ちのお金が少なくて駅の中にあるコンビニで傘も買えず、駅員に「傘をお借りできますか?」と聞いてみた。答えはNOだった。どうも、私と同じように借りた人が多く貸し出せる傘が無いらしい。
スマホで見た予報では夜にかけて大雨は続くようで、雨があがるのは明朝あたりだろう。
最寄り駅といっても家まで20分は歩かなければならない。そうなると塾で使用した大事なプリントやテストが濡れて使い物にならなくなってしまう。
いや、それよりも、雨で濡れて帰ればお母さんが心配するかもしれない。
このまま駅の中で親からの連絡を待つしかないと思っていた時、「ちょっと、君」と、背後から声をかけられた。
声のした方へと振り向けば、さっき「お借りできますか」と聞いた私にNOの返事をしてきた駅員が立っていた。
「はい?」
なんですか?と首を傾げると、駅員が何かを差し出した。持っているものはどう見ても買ったばかりであろうビニール傘だった。
買ったばかりと思った理由は綺麗なのは勿論、まだその傘に値札がついていたからだ。
「これを君にと渡されたんだが…」
さっぱり駅員の言っている意味が分からなかった。
「私にですか?」
「そう、ほら、あそこにいる彼が君にと」
彼が?
駅員が指をさし、私もその方向へと視線を向けた。その人はもうビニール傘をさしていて、大雨の中を歩き…、そのまま人混みに紛れ見えなくなった。きっと追いかけても、私の足では見失うだろう。
「知り合いかい?」
駅員がそう言ってくるけど、私に“ああいう人”の知り合いはいなかった。ビニール傘越しから分かる金色の髪…。
「いえ…」
ポツリと呟いた私に、駅員は困ったように笑った。
「おかしいな。「あそこにいる白鳥の中学の制服を着た女の子に渡してくれ」って言われたんだけど」
中学の制服…。
そう言われてみれば、この大雨の中、白鳥の中学の制服を来ているのは私しかいなくて。
「さっきの彼、君のこと誰かと勘違いしたのかな?」
駅員の言う通りだと思った。
“ああいう人”の知り合いはいないから。
きっとこの傘の持ち主だった彼は、私を誰かと勘違いしたのかもしれない。でもどうして、いちいち駅員に傘を渡して自ら私に渡さなかったのだろうか。
まるで、関わりを持ってはいけないような。
「とりあえず、彼は君にと言っていたから。今日はこれで帰りなさい」
「でも、いいのでしょうか?」
「もし勘違いじゃなかったら、いけないからね」
勘違いじゃなかったら?
もし、あの人が私の知り合いだったら?
「ありがとうございます」
私は傘を受け取り、駅員に頭をさげた。
新品のビニール傘。
わざわざさっきの人は、買ってくれたのだろうか。
「あの」
「なんだい?」
中に戻ろうとした駅員をとめた。
「さっきの人の顔、覚えていますか?」
もし知り合いだとしたら、きちんとお礼を言わないと思ったから。
「顔?うーん、金髪だったことは覚えてるんだけどな、今どきの男というか、かっこよかったと思うよ?彼、すぐにそこから離れたから。本当にあっという間にいなくなってしまったから」
「そうですか…」
特徴を教えて欲しかったけど、駅員が言うのは彼の雰囲気で。
「あ、確か手に傷があったよ」
「傷ですか?」
「受け取る時にチラッと見えたからね。確か、右手だったような気がする」
「分かりました。ありがとうございます」
「気をつけてね」
「はい」
駅員の話を聞いて、やっぱり彼が私を誰かと勘違いしたのだろうと思った。
私の知り合いに、手に傷がついた男なんて、いないのだから。
最寄り駅で親に迎えに来て貰おうとスマホから電話をかけてみたけれど、仕事に行っているのか出なくて。
手持ちのお金が少なくて駅の中にあるコンビニで傘も買えず、駅員に「傘をお借りできますか?」と聞いてみた。答えはNOだった。どうも、私と同じように借りた人が多く貸し出せる傘が無いらしい。
スマホで見た予報では夜にかけて大雨は続くようで、雨があがるのは明朝あたりだろう。
最寄り駅といっても家まで20分は歩かなければならない。そうなると塾で使用した大事なプリントやテストが濡れて使い物にならなくなってしまう。
いや、それよりも、雨で濡れて帰ればお母さんが心配するかもしれない。
このまま駅の中で親からの連絡を待つしかないと思っていた時、「ちょっと、君」と、背後から声をかけられた。
声のした方へと振り向けば、さっき「お借りできますか」と聞いた私にNOの返事をしてきた駅員が立っていた。
「はい?」
なんですか?と首を傾げると、駅員が何かを差し出した。持っているものはどう見ても買ったばかりであろうビニール傘だった。
買ったばかりと思った理由は綺麗なのは勿論、まだその傘に値札がついていたからだ。
「これを君にと渡されたんだが…」
さっぱり駅員の言っている意味が分からなかった。
「私にですか?」
「そう、ほら、あそこにいる彼が君にと」
彼が?
駅員が指をさし、私もその方向へと視線を向けた。その人はもうビニール傘をさしていて、大雨の中を歩き…、そのまま人混みに紛れ見えなくなった。きっと追いかけても、私の足では見失うだろう。
「知り合いかい?」
駅員がそう言ってくるけど、私に“ああいう人”の知り合いはいなかった。ビニール傘越しから分かる金色の髪…。
「いえ…」
ポツリと呟いた私に、駅員は困ったように笑った。
「おかしいな。「あそこにいる白鳥の中学の制服を着た女の子に渡してくれ」って言われたんだけど」
中学の制服…。
そう言われてみれば、この大雨の中、白鳥の中学の制服を来ているのは私しかいなくて。
「さっきの彼、君のこと誰かと勘違いしたのかな?」
駅員の言う通りだと思った。
“ああいう人”の知り合いはいないから。
きっとこの傘の持ち主だった彼は、私を誰かと勘違いしたのかもしれない。でもどうして、いちいち駅員に傘を渡して自ら私に渡さなかったのだろうか。
まるで、関わりを持ってはいけないような。
「とりあえず、彼は君にと言っていたから。今日はこれで帰りなさい」
「でも、いいのでしょうか?」
「もし勘違いじゃなかったら、いけないからね」
勘違いじゃなかったら?
もし、あの人が私の知り合いだったら?
「ありがとうございます」
私は傘を受け取り、駅員に頭をさげた。
新品のビニール傘。
わざわざさっきの人は、買ってくれたのだろうか。
「あの」
「なんだい?」
中に戻ろうとした駅員をとめた。
「さっきの人の顔、覚えていますか?」
もし知り合いだとしたら、きちんとお礼を言わないと思ったから。
「顔?うーん、金髪だったことは覚えてるんだけどな、今どきの男というか、かっこよかったと思うよ?彼、すぐにそこから離れたから。本当にあっという間にいなくなってしまったから」
「そうですか…」
特徴を教えて欲しかったけど、駅員が言うのは彼の雰囲気で。
「あ、確か手に傷があったよ」
「傷ですか?」
「受け取る時にチラッと見えたからね。確か、右手だったような気がする」
「分かりました。ありがとうございます」
「気をつけてね」
「はい」
駅員の話を聞いて、やっぱり彼が私を誰かと勘違いしたのだろうと思った。
私の知り合いに、手に傷がついた男なんて、いないのだから。