――『お前のような奇異な子供は働く事しか出来ることはないだろうが!』


罵声にはっと目を覚ますと、其処は薄暗いウエルトの家ではなく、真っ白い天井、真っ白い壁に囲まれた花乙女の宿舎の医務室だった。

脂汗を拭って、リンファスは身を起こすと、リンファスの体の周りに敷き詰められていた紫色の花がベッドの下に落ちた。

(……そうだわ、私、カーンさんのお店で倒れてしまって、此処まで、ロレシオさんに運んでもらったんだったわ……)

一度、目を覚ましたリンファスに付き添っていたケイトが事情を話してくれて、まだ顔色が悪いからもう少し寝てなさいと言われて今に至る。

どのくらい眠っていたのだろう、でもずっと感じていた体の軋むような疲労も、満たされないままだった空腹感もなくなっている。そうやって、自分の体に余裕が出てくると、夢のことを思い出した。

(働かなくちゃ……。花が咲いてないんだもの、みんなの役に立たなくちゃ……)

まだベッドに載っている紫色の花たちを少し退けて床に足を下ろす。街で感じたようなふらつきも感じない。……これなら働けるはずだ。ケイトにも迷惑をかけてしまった。休んでいた分は取り戻さなければ……。

リンファスが医務室を出て厨房の奥にある寮母室のドアをノックすると、中からケイトが出てきた。

「リンファス! もう体はいいのかい!?」

ケイトはリンファスの肩に手を置いて心配そうに尋ねてくれた。リンファスは頭を下げた。

「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしてしまって、すみませんでした」

「いいや、あたしこそ花乙女の館の寮母なんてやらせてもらっていたくせに、あんたに食べさせたら良いものも分からずに居て、申し訳なかったよ。
手当してくれたセルン夫人によると、花が咲いていないあんたは、まだ人間の食べ物を食べる必要があるそうなんだ。
だからイヴラの寮父をしている旦那に頼んで材料を分けてもらうことにしたよ。
子育てが終わって以来の料理だから美味しくないかもしれないけど、食べてくれるかい?」

セルン夫人とケイトの配慮にリンファスは感謝しかない。リンファスはもう一度深く頭を下げた。

「すみません……。更にご迷惑をかけてしまいますけど、もし可能なら、そうしてくださると嬉しいです。私みたいな子は、働くことしか出来ないので……」

リンファスが心の底からそう言うと、ケイトはやさしく微笑んだ。

「何を言ってるんだい。花乙女は居るだけで感謝される存在なんだよ。今はあんたに咲いてないが、いずれ花は咲く。だからその時まで少し我慢しとくれ」

我慢なんてとんでもない。リンファスの為に何かしてもらうなんて、本当だったらありえないことだ。
それなのに、花乙女に必要のない料理まで作らなくてはならなくなったケイトに恨まれこそすれ、謝られる必要なんてないのだ。