地方にある海沿いの町。

両親はいつも仕事で忙しく、一緒に住んでいる祖父母も弟妹たちのお世話で忙しかったので、遊んでくれる人などいなかった。

だからよく、近くの神社で暇を潰していた。

『かみさま。きょうもここであそばせてください』

まだ四、五歳でお小遣いなんて貰ったことも無かったので、社の前で手を合わせるだけだった。

祖母から教わった二礼二拍手一礼が上手くできたことに、嬉しくなって、また頭を下げた。

『あっ! わんちゃんにもあたまさげないと!』

参道の両脇に建てられているふたつの狛犬の石像。
そのふたつに頭を下げるのも、日課だった。

だけどその日は、少しだけ違うことがあった。

『何してるの?』

狛犬の前で頭を下げていた時、頭上から声がした。

頭を上げると、目の前にはひとりの少年が立っていた。

『おにいちゃん、だぁれ?』

白銀の髪と、青い瞳。どことなく犬らしさを感じさせる雰囲気の、十歳くらいの少年だった。

『僕は裕太(ゆうた)だよ。君のお名前は?』
『まゆ!』
『まゆちゃんは、いつもここで遊んでるの?』

茉結は小さく頷いた。

裕太は茉結の目線に合わさるように、しゃがんでくれた。

『ひとりで?』
『うん。かぞくみんな、いそがしいから』
『そっか……。じゃあ、僕が一緒に遊ぶよ』
『ほんとう?』

裕太は笑顔で頷いてくれた。

それから、夕方まで遊んいたけど、裕太の『もう帰らないと』という言葉に、寂しさを感じた。

『おにいちゃん』
『ん?』
『またあした、あそべる?』

裕太は数秒、考えるような仕草をした。

『……いいよ。また、明日遊ぼう』
『やった! ありがとう、おにいちゃん!』
『まあ、まだ小さいから大丈夫か……』

裕太がぽつり、と呟いた言葉に茉結は首を傾げた。

『まだ?』
『ああ。なんでもないよ』

次の日も、その次の日も、裕太とずっと遊んだ。
何かをするよりも、裕太と過ごす時間がなにより楽しかった。



だけど、別れは突然にやってくる。

『あそべなくなるの?』
『うん』
『どうして……?』
『ちょっと、遠くに行かないといけないんだ。だけど大丈夫だよ。また会いに行くから』

裕太と会えなくなる、それだけで悲しくなった。

『ゆうくん。大きくなったら、わたしをおよめさんにしてくれる?』

茉結は別れが近いと感じて、勢いのままに問いかけた。
意味は知らないが、幼稚園で友人が「大好きな人とずっと一緒にいるためのおまじない」だと言っていた。

『うん。大きくなったら、君を迎えに行くよ』

裕太はきっと、茉結がまだ上手く理解していないことが、分かっていた。
けれども、目を細めて優しく微笑んでくれた。

『ほんとうに?』
『うん。約束』

茉結は裕太と指切りをした。