そんなことは一切期待した覚えはない。
 むしろ、ラッキースケベなぞさせてたまるか。

 お前は彼女がどれほど運動出来ない女か知らないから、そう悠長に言えるんだ――という前世関係については口に出来るはずもなく、理樹は八つ当たりで彼の胸倉を掴み上げた。


 その時、もう目と鼻の先になっていた高校の正門の影から、飛び出してきた女子生徒の姿があった。
 理樹は、見慣れた柔らかな柔かな栗色の長髪が視界の端に入った瞬間、そこに目を走らせていた。彼女の大きな動きに合わせて、癖のないその長髪が背中で揺れるのが見えて、小さく目を見開き、そして諦めたように目元から力を抜いた。


 ああ、しまった。そんな想いが脳裏を掠めた。

 飛び出してきたのは桜羽沙羅だった。拓斗の胸倉を掴み上げている今、この距離だと回避は間に合わないと察して、その一瞬がひどく遅くなったように感じた。ただぼんやりと、風に舞う彼女の髪先を見つめてしまう。